ハイポニカ601で育てたミニトマトの収穫

ハイポニカ601「果菜ちゃん」でミニトマトを室内水耕栽培した記録【東京マンション】

2025年の夏から翌年の冬にかけて、東京のマンションの一室で、ホームハイポニカ601「果菜ちゃん」というキットを使ってミニトマトを水耕栽培した。土をいっさい使わず、水と液体肥料だけで育てる方式だ。窓際に置いた装置に苗を1本だけ植えたところ、レースカーテンに沿って2メートルをゆうに超える高さまで茂り、秋から真冬にかけてだいたい300個ほどの実がとれた。 味は市販のミニトマトと変わらずしっかりしていて、水っぽさもない。室内なので虫が寄らず、トマト最大の敵であるサビダニの被害も出ず、農薬を一度も使わずに済んだ。栽培を終えたのは翌年の1月、真冬でも実はついていたが、2月に小田原へ引っ越すことになり、そこで区切りをつけた。約5か月の記録を、写真をたどりながら残しておく。 育てるのに使ったもの 装置は協和ハイポニカのホームハイポニカ601「果菜ちゃん」 。液肥槽と栽培槽が上下2層になっていて、下の槽にためた液肥水をポンプで汲み上げ、上から滝のように落として循環させる仕組みだ。この「上から落とす」構造のおかげで水に空気が程よく混ざり、根全体に酸素と養分がムラなく回る。あとで触れるが、この点が育ちの良さに効いていたと思う。 肥料は専用のハイポニカ液体肥料 A・Bセット を使った。A液とB液をそれぞれ水で500倍に薄めて使うもので、原液のまま混ぜると沈殿してしまうため、必ず水に別々に溶かす。液肥の濃さの管理にはAPERA EC20 というペン型のECメーター を用意した。ECというのは水にどれだけ肥料分が溶けているかを電気の通りやすさで測る指標で、単位はmS/cm(ミリジーメンス毎センチ)。水耕栽培では、このEC値が肥料の濃さの目安になる。 組み立てと初期設定 届いたキットを窓際で組み立てた。部品はシンプルで、栽培槽、液肥槽、循環ポンプ、給液吐出部、栽培鉢とがく型カバー、培地といった構成になっている。 取扱説明書によると、公称の液肥容量は12リットル。最初に6リットルを入れて循環を確認し、そのあとさらに6リットルを足す手順になっている。ウキの黄色い部分まで水位が下がったら補給の合図で、赤まで下がると危険水位だ。循環ポンプは栽培中ずっと動かすのが基本とされている。メーカーは日光が十分に当たる屋外での栽培を勧めているので、今回のように室内の窓際で育てるのは本来の想定とは少し違う使い方になる。そのぶん、都会の室内でどこまで育つのかという実験でもあった。 室内の栽培環境 置き場所は南向きの部屋の窓際。都内のマンションだが前をビルにさえぎられておらず、日当たりはまあまあある。とはいえ朝日は差し込まず西日も少なめで、南からの直射が入る時間はそれほど長くない。屋外でしっかり日を浴びせる栽培と比べると、日照は明らかに劣る条件だ。育成ライトの類は使っていない。 エアコンは普段どおりよく使った。夏はつけっぱなし、冬は暖房も入れる。ただし温度管理といっても人が快適に過ごすために使っただけで、トマトのために調整したわけではない。植えた時期はやや遅めだったが、種袋にあるとおり秋に実る品種だったので、季節はうまくかみ合った。そして室内ならではの利点として、虫がまったく寄ってこなかった。この一点が最後まで効いてくる。 写真でたどる栽培記録 種は「秋どりミニトマト 甘美」を使った。日付ははっきり覚えていないので、以下は写真のファイルに残っていた撮影日を頼りにしている。 いきなり装置に種をまくのではなく、まず別の容器でスポンジに種を置き、水を含ませて発芽させた。スポンジは601に付属していたもので、100円ショップのスポンジでも代わりになる程度のものだ。何粒かまいて、その中でいちばん元気に伸びた1本だけを選び、葉が開いたところで栽培槽へ移した。大きなキットに対して、植えた苗はたった1本である。 定植から2週間ほどで、ひょろりとした苗がしっかりした株に育ってきた。 9月半ばには最初の花が咲いた。 草丈が伸びてきたので、キットに付属する2段の支柱支持枠を取り付けた。もっとも、この枠は早々に用をなさなくなる。あとで書くように、株はこの枠をはるかに超えて茂っていった。 10月に入ると小さな青い実がつき始めた。 その青い実が、みるみる房になって増えていく。 11月に入ってようやく最初の実が赤く色づいた。ここまでくれば、あとは次々に熟していく。 11月末、まとまった量をざるいっぱいに収穫できた。ここから真冬にかけて、収穫が途切れなく続くことになる。 液肥とECの管理 肥料とECの管理は、正直なところかなり適当だった。最初のうちは取扱説明書を見ながら合わせ、あとは基本的にメーターの表示を見て決めていた。苗がまだ小さいうちは薄めに、株が育つにつれて液肥を足して濃くしていく、という大まかな方針だけを守った。管理はpHではなくECで見ていたが、途中からは測るのが面倒になってやめてしまい、水を足して薄まったかな、という感覚で継ぎ足していた。 参考までに、計測した折の表示を残しておく。組み立て直後の8月20日はおよそ1.5mS/cm。 実がたくさんついた11月19日にはおよそ3.3mS/cmまで上がっていた。 ただしこれらは、その瞬間に画面に出ていた数字にすぎない。直前に水を足したのか肥料を足したのかで値は動くので、「この濃度を保っていた」という意味の数字ではない。目標として一定に保ち続けていたわけではないことは、念のため断っておきたい。 ミニトマトの水耕栽培でどのくらいのEC値が目安になるのか、家庭向けの一般的な推奨レンジを調べてグラフにしてみた。数値の絶対値は品種や気温、栽培方式で変わるので、あくまでざっくりした指針として見てほしい。 苗のうちは薄く、大きくなるにつれて濃く、というのが基本線だ。ここで注意したいのが肥料の窒素分の扱いである。窒素は葉や茎を育てる成分で、これが多いと植物は葉や茎を茂らせる方向(栄養成長)に力を注ぐ。ところが実をつけ始める頃に窒素を与えすぎると、株が栄養成長に傾いたまま、花や実をつける方向(生殖成長)へなかなか切り替わらない。結果として葉ばかりがうっそうと茂って実つきが悪くなる。園芸ではこれを「つるぼけ(樹ぼけ)」と呼ぶ。だから実がつく段になったら肥料は少しずつにとどめ、葉の茂り具合を見ながら加減するのがよいとされている。今回は序盤を薄めにしていたのが結果的に功を奏したのかもしれない。 肥料の足し方にはこの装置ならではのコツがあった。水を補給すると液肥が薄まるので、そのつど液肥を直接タンクへ入れてやる。循環ポンプが水を回してくれるので、あらかじめ混ぜておかなくても勝手にいきわたる。この手軽さは2層循環式のありがたいところだった。 根の張り具合も、この循環のおかげか終始よかった。11月にタンクの中をのぞくと、白く元気な根がびっしり広がっていた。 以前、バケツにエアポンプで空気を送り込む自作の水耕装置を試したことがあるが、そのときは根がここまで生き生きとはしなかった。日当たりの差もあったかもしれないが、上から水を落として空気を巻き込みながら循環させる601の作りは、根に酸素を届けるという点でよくできていると感じた。 水の減り方は生育の段階で大きく変わった。実がなるまでは使う量が少なく、水を足すのは週に1回、多くて2〜3日に1回くらいで足りた。ところが実がついて株が大きくなると、水の減りが一気に激しくなる。葉が増えて蒸散が盛んになるうえ、エアコンで室内が乾くせいもあるだろう。逆にいえば冬場は、装置が加湿器のように部屋をほどよく潤してくれる感覚もあった。 受粉・誘引・剪定 人工授粉はほとんどしなかった。最初に少し花を揺らしてみたものの、どうやら必要なさそうだとすぐに分かった。というのも、株はレースカーテンの内側でちょうど葉のカーテンのように茂り、人がカーテンを開け閉めするたびに葉も花も揺れる。それだけで自然に受粉していたらしく、受粉で苦労した覚えはまるでない。 脇芽はちょこちょこ摘んだが、何本仕立てにするといった管理はいいかげんなものだった。伸びすぎたら先端を切る。切るとまた脇芽が出てくるので、それをたまに摘む。これはふつうのミニトマト栽培と変わらない。ただ、とにかく背が高くなった。身長を軽く超え、窓一面に張り付いて、2メートルは平気で超えていく。ここまで来ると手が届かず管理しきれないので、先端を止めた。 支えには、カーテンレールに紐をかけてつるを吊り上げ、茎を留めていった。付属の支柱支持枠は、この茂りように対してはまるで足りなかった。水耕栽培でここまで大きくなるのかと、正直なところ面食らった。下の写真は11月下旬に撮ったもので、定植からおよそ3か月、日数にして97日ほど。種をまいた日から数えても110日ほどで、たった1本の苗がこれだけの株に育った。 収穫と味 とにかくよくとれた。写真のとおり鈴なりで、途中まではきちんと数えていたが、100個を超えたあたりで数えるのがばかばかしくなってやめてしまった。終盤は毎日いくつか摘む状態で、ざっと見積もって300個ほどにはなったと思う。食べきれずに悪くしてしまったものもあったほどで、知り合いに配りたいくらいの豊作だった。 真冬の1月に入っても収穫は続いた。 ...

公開: 2026年7月16日 · Toshihiko Arai

PostgreSQLはなぜクラッシュしても壊れないのか:WAL(先行書き込みログ)をpsqlで見る

COMMIT した瞬間、PostgreSQL は本体に書いていない PostgreSQL を運用していると、少し不思議に思う場面があります。大量の書き込みが走っているのに、一件の COMMIT はほとんど待たされずに返ってきます。それでいて、サーバーの電源が突然落ちても、再起動すればコミット済みのデータはちゃんと残っています。速さと壊れにくさは、普通なら両立しにくいものです。それでもデータベースは、平然と両方をこなしているように見えます。 この不思議は、COMMIT を「変更をデータファイルへ書き終えた合図」だと思っていると説明できなくなります。実際には、PostgreSQL は COMMIT の時点でテーブルの本体(データファイル)を書き換えていません。先にすることは別にあります。入口で図にすると、素朴なイメージと実際の動きはこう違います。 PostgreSQL は、データ本体を書き換えるより先に、その変更内容をまず追記専用の日誌へ書き終えます。この日誌が WAL(Write-Ahead Logging、先行書き込みログ)です。日誌への追記が終わった時点で COMMIT は完了として返り、本体のデータファイルへの反映はあとでまとめて行われます。 順序を言葉にすると「ログが先、本体はあと」です。たったこれだけの取り決めが、クラッシュ耐性・レプリケーション・任意時点への復元(PITR)という、一見別々に見える機能をまとめて支えています。この記事では、その日誌が実際に伸びていく様子を psql で覗き、kill -9 でサーバーを殺してから自動で復旧するところまでを、使い捨ての PostgreSQL で目の前で起こしてみます。 先にログ、あとで本体 なぜ「先にログ」だと速くて壊れにくいのか、先に理屈を押さえておきます。 テーブルの本体は、行がどのページに入るかがばらばらに決まります。あちこちのページを更新するたびにディスクの離れた場所へ書きにいくのは、順番の定まらない書き込みで、ディスクにとっては不得意な動きです。一方 WAL は、変更内容を起きた順に末尾へ足していくだけの一本のログです。同じ場所へ続けて書き足していく動きはディスクが最も得意とするもので、しかも「末尾まで書き終えた」ことさえ保証できれば、その時点でコミットを確定してよくなります。だから COMMIT は本体の更新を待たずに素早く返せます。 壊れにくさも同じ仕組みから来ます。WAL には「どの行をどう変えたか」が起きた順に残っています。もし本体への反映が途中で電源断に巻き込まれても、再起動後に、直近のチェックポイント以降の WAL を読み直して同じ変更をなぞり直せば、落ちる直前のコミット済みの状態へたどり着けます。復旧は、いまディスクに残っている本体のデータファイルへ、まだ反映しきれていない分の WAL を継ぎ足し、最新の状態へ組み立て直す形で進みます。 ここで見落としやすい点があります。COMMIT が返っても、本体のデータファイルはその場では書き換わりません。変更が当たったページはいったんメモリ上(共有バッファ)に汚れたページ(dirty page)として残り、ディスクへ確実に書き切られるのは WAL のほうだけです。本体ファイルへの反映は、あとから動くチェックポイントやバックグラウンドの書き出しに任され、状況によっては数分遅れて行われます。コミットのたびに本体のあちこちへ書きにいく遅い動きを避けるための、意図的な後回しです。 図にすると、コミットの瞬間とチェックポイントの瞬間とで、三つの置き場所(メモリ・WAL・本体)の状態はこう食い違います。 この「コミット済みだが本体はまだ古い」という状態は一瞬ではありません。次のチェックポイントまで、ふつうは数秒から数分のあいだ続きます。ただし本当の勘所は「窓が広いから狙わなくてよい」ではなく、そもそも復旧が「どこまで本体へ書けていたか」に左右されない作りだ、という点です。redo は各ページに刻まれた適用済みの位置を見て、まだ当たっていない変更だけを足し直します。だから本体がどれだけ古くても、あるいは一部が先に書けていても、行き着く先は同じコミット済みの状態になります。あとで kill -9 の実験がタイミング合わせ抜きで成立するのは、このためです。 ここで出てくる用語を先に一つだけ紹介しておきます。WAL の中の位置を指す番地を LSN(Log Sequence Number)と呼びます。0/1514378 のように書かれる、ログの先頭からの通し番号だと思ってください。書き込みが進むと LSN は増えていきます。以降の実験は、この LSN が動くのを見るところから始めます。 ...

公開: 2026年7月16日 · Toshihiko Arai
ブザー音源が口の形のフィルタを通ると「あー」という声になる source-filter モデルの図

ノコギリ波が「あー」と歌う ── フォルマント合成

このシリーズでは、サイン波の足し算でノコギリ波を作り 、sin の中に sin を入れてベルやエレピを鳴らして きました。楽器がひととおり鳴るようになると、次に試したくなるのはやはり「声」です。人の声、それも「あ」「い」「う」と聞き分けられる母音を、プログラムで作れるでしょうか。 いかにも難しそうに聞こえますが、実は道具立ては拍子抜けするほど小さくて済みます。ブザーのようなノコギリ波を1本鳴らし、それを2〜3本のフィルタに通す。それだけで、スピーカーから「あー」という声が出てきます。今回はその仕組み、source-filter モデルの話です。 声は「ブザー × 口の形」でできている 声が出る仕組みを、音の流れに沿って追ってみます。まず、のどぼとけの奥にある声帯というひだが、吐く息で高速にパタパタと開閉します。1秒に100〜300回ほどの開閉で、ここで生まれる音を単体で取り出すと、「ブー」というブザーそのものの音です。この開閉の回数が、そのまま声の高さになります。 このブザー音の中身をスペクトル(周波数ごとの成分の一覧)で見ると、基音の整数倍の位置に倍音がずらりと並んでいます。倍音の回 で作ったノコギリ波と、ほとんど同じ姿です。つまり音源としての声帯は、シンセサイザーのノコギリ波オシレータで十分に代役が務まります。 ところで、この時点ではまだ「あ」でも「い」でもありません。母音を作っているのは、声帯の先にある通り道——のど・口・唇までの空間です。管楽器の管がそうであるように、この通り道は特定の周波数で共鳴します。つまり通り道全体が、ある帯域の成分だけを通しやすくするフィルタとして働くのです。舌を動かし、あごを開き、唇をすぼめる。口の形を変えるとは、このフィルタの特性を変えることにほかなりません。 音源(source)はいつも同じブザーで、フィルタ(filter)側の共鳴の山をどこに置くかだけが母音を決める。これが source-filter モデルと呼ばれる、声のもっとも標準的なとらえ方です。この共鳴の山、つまり口の形によって強調される周波数の帯には名前がついていて、フォルマントと呼ばれます。低いほうから F1、F2、F3 と番号を振ります。 このモデルの正しさは、自分の体で確かめられます。声帯を鳴らさずに、ささやき声で「あ、い、う」と言ってみてください。音源がブザーから息のノイズに置き換わっても、母音ははっきり聞き分けられます。母音の情報が音源ではなくフィルタ側、つまり口の形に載っている証拠です。逆に、同じ「あー」のまま音程だけを上下させることもできます。音源の高さとフィルタの形が、それぞれ独立したつまみになっているわけです。 母音を決めるのは、たった2つの数字 フォルマントは F1、F2、F3 と上へ続きますが、母音の聞き分けに効いているのは、実は低いほうの2つだけです。F1 と F2 の周波数の組み合わせが決まれば、母音はほぼ決まります。F3 から上は母音の区別より、声の個人差や質感を担う成分です。 しかも F1 と F2 には、口の動きとの素直な対応があります。F1 は口の開き具合で、大きく開けるほど高くなります。F2 は舌の前後の位置で、舌が前に出るほど高くなります。この2つを軸に取った平面へ日本語の5母音を並べると、こんな地図になります。 「あ」は口を大きく開けるので F1 が高く、地図の上のほうにいます。「い」は口をほとんど閉じて舌を前に出すので、F1 の低い・F2 の高い右下。「お」は口をすぼめるので両方とも低く、左下です。数値はどれも標準的な目安で、実際には話す人の体格や声によって前後しますが、配置の関係はいつもこの形になります。 この地図でいちばん面白いのは、母音が5つの離れた点ではなく、連続した平面の上にあることです。「あ」と「い」の間には、あいまいな中間の母音が地続きに広がっています。実際、「あ」から「い」へゆっくり口を動かしながら声を出すと、声はどこかで切り替わるのではなく滑らかに変わっていきます。地図の上を点が滑っていく——次のデモで、それを指で体験できます。 触ってみる ノコギリ波1本をフォルマントの位置のフィルタに通しただけの、声のデモです。「声を出す」を押すと「あー」と鳴り始めるので、そのまま母音マップの●をドラッグしてみてください。「あ」から「い」へ、途中のあいまいな声を経由しながら滑らかに変わっていきます。マップのどこが何の母音かは、プリセットボタンでも確かめられます。 うまく表示されないときは、デモを別タブで開く 。 鳴らしたまま「声の高さ」のスライダーも動かしてみてください。声は高くなったり低くなったりしますが、「あ」は「あ」のまま変わりません。音源の高さと口の形が別々のつまみだという source-filter モデルの主張そのままの手応えです。スペクトラム表示では、細かく並ぶノコギリ波の倍音の上に、フォルマントの山による起伏が乗っているのが見えます。マップをドラッグすると、この山が横に滑っていきます。 ここでちょっと宣伝を。筆者が個人開発している音感トレーニングアプリ Harmonize には「あー」と歌う声の音色が入っていますが、その中身はまさにこの方式で、ノコギリ波を F1=1000 / F2=1400 / F3=3200 Hz のバンドパスフィルタ3本(並列)に通して鳴らしています。 Harmonize 相対音感と純正律の感覚を鍛える音感トレーニングアプリ 今すぐ無料でダウンロード App StoreGoogle Play どう実現するか 作りは配線図のとおりの素直なものです。今回使うバンドパスフィルタは、指定した中心周波数のまわりの帯域だけを通すフィルタです。フィルタの回 で登場したローパス(低い側を通す)とハイパス(高い側を通す)を直列につないだような特性で、通す帯の中心をフォルマントの位置に合わせれば、そこが共鳴の山になります。音源のノコギリ波を並列に3本のバンドパスへ送り、出てきたものを混ぜるだけです。 ...

公開: 2026年7月16日 · Toshihiko Arai
実トロンボーンの録音をFFTで実測して目標数値を立て、合成と再測定のループで音色を当てにいく改良ループの図

トロンボーンの音を「実測」で当てにいく ── 音色工房①

FM合成の回 では、sin 2つから音色の森が生えるという仕組みを見ました。今回は少し毛色を変えて、開発の実録を書きます。テーマは「本物のトロンボーンに寄せる作業を、勘に頼らず測って前に進める工程に変える」ことです。 合成の方式そのもの——倍音の足し算 、FM、ノコギリ波をフィルタで削る減算合成——は、教科書にもこの連載にも書いてあります。ところが方式を知っていることと、実在の楽器の音を当てられることのあいだには、けっこうな距離があります。パラメータの海の中から「トロンボーンのあの音」にたどり着く手順は、教科書にはあまり載っていません。この記事は、その距離をどう詰めたかという作業記録です。 材料は身内から出します。筆者は Harmonize という音感トレーニングアプリを個人開発していて、正解音のガイドとして鳴る楽器音は、録音の再生ではなくすべて自前の合成です。そのラインナップにトロンボーンを足したときの一部始終が、ちょうどこの話の生きた実例になっています。 Harmonize 相対音感と純正律の感覚を鍛える音感トレーニングアプリ 今すぐ無料でダウンロード App StoreGoogle Play 「おとなしい」では直せない 最初に作った版(v1と呼びます)は、いちおうトロンボーンには聞こえました。ノコギリ波をローパスフィルタで丸めた、金管の顔をした音です。ところが実機で鳴らしてみると、感想はひとこと「おとなしい」。本物のトロンボーンが持っている、中低音の張り、音の芯が前に出てくる感じがないのです。 問題は、この感想が改良の役に立たないことです。「おとなしい」から何をどうするのか。フィルタを開く、倍音を足す、音量を上げる——手はいくらでも思いつきますが、どれが正解かは感想からは決められません。勘でつまみをいじり、聴いて、またいじる。これを繰り返しても、良くなったのか悪くなったのかさえ、だんだん分からなくなってきます。耳は「何かが違う」と気づくことにかけては優秀なのですが、どこを・どちらへ・どれだけ直すかを言い当てるのは苦手なのです。 そこで方針を変えました。耳の感想を、測定値に翻訳するのです。 やることは図のとおりで、まず手本になる実物の音を FFT——音の波形を「どの高さの成分がどれだけ含まれているか」に分解する計算——にかけて、目指すべき音の姿を数値のカードにします。あとは自分の合成音も同じ物差しで測り、カードと見比べながらレシピを直していく。目標が数値なので、一手ごとに「近づいたか、遠ざかったか」がはっきり分かります。音色作りが、当てずっぽうから測定のある工学になります。 手本を測って、目標数値を立てる 都合のいいことに、手本はすぐ近くにありました。アプリには効果音として、本物のトロンボーンで演奏された録音がひとつ同梱されています。この録音を FFT にかけて、倍音——基音(音程を決めるいちばん低い成分)の2倍、3倍……の高さで一緒に鳴っている成分——の大きさを測りました。 結果は少し意外なものでした。いちばん大きいのは基音ではありません。第2倍音が基音より 5dB も大きく、第3倍音が基音より 3dB 小さいだけでほぼ肩を並べ、第4倍音が 9dB 落ち。エネルギーの大半は 500〜1000Hz の帯域に集まっていました。トロンボーンの「張り」の正体は、基音の上に乗った中域の倍音たちが主役を張っていることだったのです。 もうひとつ、全体をひとつの数字に要約する指標として、スペクトル重心も測りました。スペクトル重心とは、周波数成分をエネルギーの重みで平均した「音の明るさの重心」で、高い成分が多い音ほど重心は高くなります。フィルタの回 で「高い成分を削ると音がこもる」という話をしましたが、その明るさ・こもり具合を1個の数値で言い表せる物差しです。手本の実測値は約 1.7kHz。こうして目標のカードがそろいました。第2倍音 +5dB、第3倍音 −3dB、第4倍音 −9dB、重心 1.7kHz。ここから先の作業は、この4つの数字を当てにいくゲームになります。 レシピ ── ノコギリ波を3系統に分けて削る 合成の方式には、倍音が全部入ったノコギリ波からフィルタで不要な成分を削り出す、減算合成を使いました。素材のノコギリ波には基音の整数倍の倍音がひととおり含まれているので、あとは「どこを残し、どこを削るか」の設計がそのまま音色になります。 鍵になるのはフォルマントです。フォルマントとは、楽器の管や人の口の形で決まる「よく響く固定の帯域」のことで、音程を変えても動かないのが特徴です。人の声の母音がこれで決まるという話はフォルマント合成の回 に書きましたが、金管楽器も同じで、管とベル(先端の朝顔)の共鳴が特定の帯域をいつも持ち上げています。そこでノコギリ波を3系統に分け、それぞれ別のフィルタを通しました。1系統目は 2.8kHz のローパスフィルタで、音の体になる低域〜中域をそのまま残す「胴鳴り」。2系統目は 620Hz を中心とするバンドパスフィルタ(決まった帯域だけを通すフィルタ)で、手本の主役だった第2倍音のあたりを持ち上げる第1フォルマント。3系統目は 950Hz の第2フォルマントで、第3倍音の張りを受け持ちます。3つを 0.35 : 0.6〜1.0 : 0.7 の重みで混ぜると、目標の倍音バランスの土台ができます。 混ぜたあとに、もうひと味あります。tanh 関数で波形の頭を軽く潰すドライブ(サチュレーション)です。波形の形が変わることは倍音の構成が変わることなので、潰せば潰すほど倍音が増えて音は張り出します。ギターの歪みと同族の現象で、金管の「ブリッ」とした質感はここから出ます。さらに時間方向の演出として、音量は 45ms かけてふわっと膨らみ、明るさ(第1フォルマントの重みとドライブ)はそれより遅い 100ms で開くようにしました。金管のスウェルは音量が先、明るさが後から追いかけてくるからです。おまけに出だしの 10ms だけ、息の当たるノイズ(チフ)を薄く混ぜてあります。音量の輪郭が楽器の顔を決めるという話はエンベロープの回 のとおりで、ここでも効いています。 ...

公開: 2026年7月15日 · Toshihiko Arai
暗い氷青の背景に、粒へ刻まれた波形とマゼンタの固定位置マーカー、氷の結晶、GRANULAR FREEZEの文字を重ねたレコードジャケット風アイキャッチ

音を粒に刻んで凍らせる ── Granular Freeze

「音を止める」と聞くと、波形の再生ボタンを一時停止して、その瞬間の形を静止画のように残す姿を想像します。しかし、スピーカーへ同じ値を出し続けても鳴るのは持続音ではなく、膜が一定の位置へ寄ったままになる直流です。音として聞こえ続けるには、空気を揺らし続けなければなりません。 Granular Freezeが止めるのは波の振動ではなく、音の中を進む再生位置です。流れてくる音を数ミリ秒〜数十ミリ秒の小さな断片、グレイン(grain、音の粒)に刻み、ある一瞬の周辺から取った粒を何度も重ねて鳴らす。同じ場所の波は動き続けるので音は出ますが、次の場所へ読みに行かないので出来事は先へ進みません。音を「連続した波」ではなく「粒の集まり」として扱い直すと、再生位置と時間の進みを切り離せるわけです。 音は数字の列だという連載の起点 から見ると、ここでの操作はバッファに保存した数字をどこから読むか決めているだけです。リングバッファでディレイを作った回 では読み出し位置を一定速度で回しましたが、Granular Freezeではその位置を一点の周囲に留めます。前作のアシッドベース入門 が波形をフィルターで動かす番外編G系列の1本目なら、今回は音の時間そのものを粒へほどく2本目です。 粒の切れ目を窓でなめらかにする グレインを作る最も素朴な方法は、バッファから短い区間をそのまま切り出すことです。ただし、切り出した先頭と末尾の振幅がゼロとは限りません。たとえば波形が0.7のところで突然始まり、別の高さで突然ゼロへ戻ると、スピーカーの位置が一瞬で跳びます。この不連続が広い周波数成分を生み、「プチッ」というクリックノイズになります。 そこで各グレインには窓関数を掛けます。窓関数とは、短い区間の両端をゼロへ絞るための振幅の形です。Hann窓なら、長さ $N$ のグレインの $n$ 番目へ掛ける値は $w(n)=0.5-0.5\cos(2\pi n/(N-1))$。先頭で0から立ち上がり、中央で1になり、末尾でまた0へ戻ります。 窓を掛けると切れ目は消えますが、1粒だけでは両端が無音になります。そこで次の粒を少し早く始め、窓の山どうしを重ねます。粒の長さを表すgrain sizeを短くすると、凍結位置の細かな質感を拾いやすく、金属的で粒立った音になりやすい。長くすると元の音程や声らしい響きが残りやすい一方、元の時間変化も少し抱え込む。この数十ミリ秒の選び方が、静止した音の輪郭を決めます。 密度を上げると粒が連続音になる 1秒あたりに鳴らすグレイン数をdensity(密度)と呼びます。密度が低く、前の粒が消えてから次が始まる状態では、耳は一つひとつを「プッ、プッ」と分かれた音として追えます。密度を上げて複数の窓が重なると、どれかの粒が常に鳴っている状態になり、粒の列は切れ目のない持続音へ変わります。この重なりがオーバーラップです。 密度は多ければ多いほどよいわけではありません。同時に鳴る粒が増えると振幅も足し合わされるので、音量をそのままにするとクリップします。実装では重なり数に応じて各グレインのゲインを下げるか、出力側で余裕を持たせます。密度が低い領域では粒のリズムが、高い領域では滑らかな面が聞こえる。この点から線、線から面への変化が、グラニュラー処理の面白さです。 位置とピッチを散らすと音の雲になる 凍結位置を完全な一点に固定すると、まったく同じ断片が同じ周期で並びます。素材によっては規則性が耳につき、短いループのような「ブーン」という癖が出ます。そこで位置へごく小さなランダム幅を足します。position jitter(位置ジッター)とは、基準位置の前後からグレインの開始点を少しずつ選び直すばらつきです。 さらに各グレインの再生速度をわずかに変えるpitch spread(ピッチの散らばり)を加えると、粒ごとに音程が少しずつずれます。中心となる音は残しながら、同じコピーばかりが重なる規則性をほどけます。 これは空間の反射を写し取って残響を作る畳み込みリバーブ とは違う方向の質感作りです。畳み込みが部屋の応答で音を包むのに対し、Granular Freezeは音そのものを多数の小片へ分け、時間とピッチのばらつきで雲へ組み替えます。jitterを広げすぎれば元の瞬間から離れ、pitch spreadを広げすぎれば音程の芯が消えるので、自然なフリーズには「固定点の周囲をほんの少し曇らせる」程度が効きます。 Freezeという技法はどこから来たのか 音を粒として捉える考えは、デジタル音響より古く、1946〜47年に物理学者デニス・ガボールが提示した音響学的量子理論まで遡ります。音を微小な時間と周波数を持つ粒の集まりとして記述する理論でした。1959年には作曲家ヤニス・クセナキスが、録音テープをはさみで細かく切って貼り直すという物理的な方法で、手作業のグラニュラー合成を実現します。 1975年、カーティス・ローズはグラニュラー合成を初めてコンピュータ上で実現しました。計算機の中なら、粒の位置、長さ、密度、ピッチを大量に制御できます。ローズは2001年の著書『Microsound』で、この音符より小さな時間領域の理論、歴史、作曲技法を体系化しました。 エフェクトとしてのFreezeを考えるうえで重要な実例が、フランスの電子音響音楽研究機関GRMに由来するGRM ToolsのFreezeです。約30秒のバッファへ音を取り込み、その中の一区間を指定して、ループ、重ね合わせ、ピッチシフトをしながらリアルタイムに動かせます。内部ではバッファを数サンプル単位までグラニュラー化して重ね、時間を留める効果を作ります。GRM Toolsの原型はユーグ・ヴィネが作り、1994年以降、エマニュエル・ファヴローらによってプラグイン化されました。FreezeやShufflingは、今日のグラニュラー系エフェクトへつながる源流のひとつです。 現在の制作環境にも同じ考えはあります。Ableton Live標準のGrain Delayは、入力を小さな粒として取り込み、指定時間後に粒ごと再生するエフェクトです。Frequencyがgrain sizeをHzで表し、ピッチシフトや時間・ピッチのばらつきを調整できます。AbletonのGranulator(Max for Live)は、サンプルを短い断片に分け、重ね合わせとクロスフェードで再生するグラニュラーシンセサイザーです。道具の名前や目的は違っても、「どこから粒を取り、どのくらい重ね、どれだけ散らすか」という設計は共通しています。 録音で聴くフリーズの質感 道具の話が続いたので、最後に「この質感を丸ごと聴かせてくれる音楽」を少しだけ紹介します。グラニュラー・フリーズは、前回のTape Stop のAvicii「Levels」のように誰もが知るヒット曲の決め技になっているわけではありません。むしろ音を細かい粒に崩して時間を宙づりにする、その手触りそのものを味わうタイプの音楽で生きます。下の2枚は、まさに「粒の雲」が作品まるごとに広がっている代表格です。 坂本龍一 / 2017 async 晩年の坂本龍一が、ピアノや環境音を断片的・粒状に扱ってつくったアルバム。音が一点で漂ってなかなか前へ進まない場面が随所にあり、日本の耳になじみのある入口としても聴きやすい一枚です。 YouTubeで探す Amazonで探す Fennesz / 2001 Endless Summer ギターの音をノートパソコンで粒に砕き、真夏の光のような音の雲へ組み替えた一枚。この記事で作った「固定点の周囲をほんの少し曇らせる」質感が、そのまま一続きの音楽として立ち上がっているのが聴けます。 YouTubeで探す Amazonで探す ジャケット画像はMusicBrainz / Cover Art Archive由来の画像を記事内に同梱して配信しています。 ...

公開: 2026年7月15日 · Toshihiko Arai
sin とノイズという2つの材料からキック・スネア・ハイハットの3つの打楽器が作られることを示す図

ノイズと sin だけでドラムセットを作る ── 打楽器の手続き合成

FM合成の回 では sin 2つでベルもエレピも作りましたが、それでもドラムだけは別格に思えます。太鼓の皮を叩く衝撃、響き線のざらつき、シンバルの複雑な金属の輝き——こんな音をプログラムで組み立てるのは無理筋で、ドラムばかりは本物を録音して貼りつける(サンプリングする)しかない。そう考えるのが自然です。 ところが実際は逆で、ドラムこそ手続きで作りやすい音です。キックはピッチが急降下する sin。スネアは短い sin にノイズを混ぜたもの。ハイハットは金属っぽいノイズの高い成分だけを残したもの。材料は sin とノイズの2つきりで、あとはそれぞれにエンベロープ (音量の輪郭)を掛けるだけ。録音ファイルを1つも使わずに、ドラムセットひとそろいが組み上がります。 これは机上の遊びではなく、音楽史に太い足跡を残したやり方です。1980年にローランドが発売したリズムマシン TR-808、通称「ヤオヤ」は、録音を一切使わず、全音色をアナログ回路のこの手続きで作っていました。当時はメモリが高価で録音を貼る余裕がなかったための苦肉の策でしたが、そこから出てきた「本物のドラムには全然似ていないのに、妙に気持ちいい音」は、ヒップホップやハウスの土台になり、いまも世界中の曲の低音で鳴り続けています。この記事では、その808流のレシピを1品ずつ、ブラウザで鳴らしながら見ていきます。 キック ── 音程の落下が「打撃」に聞こえる まずはドラムセットの心臓、キック(バスドラム)からです。材料は sin が1本だけ。仕掛けは、その sin の周波数を一瞬で急降下させることです。 鳴らした瞬間は150Hzあたり、音程でいえば低めの歌声くらいの高さから出発して、0.1秒ほどで45Hz——耳というよりお腹に響くような低さ——まで一気に滑り落とします。同時に音量のほうも、叩いた瞬間を最大にしてあとは減るだけの打楽器型の輪郭を掛ける。つまり「高さ」と「大きさ」を同時に急降下させるわけです。 面白いのは、この音程の落下を、耳は音程の変化としては聞かないことです。落下があまりに速いので、メロディーがずり下がったとは感じず、「ドッ」という打撃の硬さとして知覚されます。デモで落下時間のつまみを触るとよく分かるのですが、落下を速くするとアタックの硬いタイトなキックに、遅くすると「ミョン」と沈み込むあの808らしい低音になります。音色の芯の硬さを握っていたのは、波形でもフィルタでもなく、音程の落下速度だったのです。 実物の太鼓でも似たことが起きています。叩かれた瞬間の皮はぐっと押し込まれて張りが強く、振動は高めから始まりますが、すぐに張りが戻って音が低く落ち着く。sin の急降下は、この皮の振る舞いのいちばん大事な骨組みだけを抜き出した真似だと言えます。 スネアとハイハット ── ノイズという素材 キックが sin の担当だとすると、残る2つはもうひとつの材料、ノイズの出番です。ここでいうノイズはホワイトノイズ、つまり低い成分から高い成分まで全部の高さがまんべんなく混ざった「ザーッ」という音のことです。作り方に工夫は何も要らず、サンプルごとにでたらめな数を並べるだけ。音は数の列だ という話をこの連載の最初にしましたが、その数の列をサイコロで決めれば、それがもうホワイトノイズです。 スネアの実物は、二重の構造で鳴っています。叩かれた皮と胴の「タン」という音程のある響きと、裏の皮に張られた響き線(スナッピーと呼ばれる金属のコイル線)がびりびり震える「シャッ」というざらつき。手続き合成でもそのまま二重にします。皮の担当は短い sin を2本、胴の共鳴らしく低めの音程で一瞬だけ。響き線の担当はホワイトノイズの低域を削ったものを短く。この2つをただ足し算するだけで、あのスネアになります。デモにはトーンとノイズの配合を変えるつまみを付けてあり、ノイズを絞りきると皮の音だけが残ってタムタム(音程のある太鼓)に、逆に振りきると響き線だけの「シャッ」になります。スネアとタムが同じレシピの配合違いだと分かるのは、手続き合成ならではの眺めです。 ハイハットはさらにノイズ寄りですが、ただのホワイトノイズを短く切っても「プシュッ」というエアスプレーのような音にしかなりません。シンバルらしさに足りないのは金属の質感です。FM合成の回 で、鐘や金属の響きの正体は「倍音が整数倍に並ばないこと」だという話がありました。ハイハットでも同じ手が使えて、互いに整数倍の関係にならない周波数の矩形波(真四角な形の、倍音をぎっしり含んだ波)を6本重ねると、ノイズとも楽音ともつかない金属質のじゃらつきが生まれます。これが808のハイハットとシンバルの種です。 仕上げはハイパスフィルタ。フィルタの回 では「高い成分を削ると音がこもる」ローパスを使いましたが、ハイパスはその逆で、指定した高さより下を捨てて上だけを通します。金属ノイズの低い成分をばっさり捨てて「シャリ」だけを残せば、ハイハットの完成です。あとはエンベロープの長さひとつで、0.05秒なら閉じたハイハットの「チッ」、0.3秒なら開いた「シャーン」。同じ音の長さ違いが別の奏法に聞こえます。 こうして並べてみると、3つの音色の違いは「sin とノイズをどう配合するか」「エンベロープをどれだけの長さにするか」「フィルタでどこを削るか」の3点だけです。打楽器の合成では波形の細部よりもエンベロープの設計がものを言う——ADSRの回 で「輪郭が音の顔を決める」と書いたことが、ここではほとんど音色の全部を決めています。 触ってみる ここまでのレシピを全部詰めたドラムマシンを用意しました。4つのパッドを叩くと、その瞬間に sin とノイズから計算して鳴らします。録音は1バイトも入っていません。 うまく表示されないときは、デモを別タブで開く 。 まずはパッドを連打しながら、3本のつまみを動かしてみてください。キックの落下時間を右へ回すと打撃が「ミョン」という沈み込みに変わり、スネアのつまみは片端でタム、もう片端で響き線だけになります。ハイハットの余韻を伸ばすと、同じ音がクローズからオープンに化けます。4つめのクラップ(手拍子)はノイズだけの小ネタで、拍手は全員の手が完全には同時に鳴らないので、ノイズの立ち上がりを10ミリ秒ずつずらして3連発にしてあります。たったそれだけで「パン」が「パァン」という人の手の質感になるのが妙に可笑しいところです。 ループ欄の再生ボタンを押すと、16マス1小節のパターンが回ります。マスを押して自分のパターンに描き替えられるので、鳴らしながらつまみを触ると、ドラムマシンの音作りそのものが体験できます。スペクトラム表示では、キックが左端の低域だけ、ハイハットが右側の高域だけに山を立てる——同じ「打楽器」でも住んでいる場所がまるで違うのが見えます。 私事ですが、筆者が個人開発している音感トレーニングアプリ Harmonize のメトロノーム系のリズム音源も、キック、スネア、ハイハットからクラップまで10種類すべてをこの手続き合成で実装しています。アプリの中にドラムの録音ファイルは1つも入っていません。 Harmonize 相対音感と純正律の感覚を鍛える音感トレーニングアプリ 今すぐ無料でダウンロード App StoreGoogle Play どう実現するか キックを式で書くと、周波数の時間変化が ...

公開: 2026年7月14日 · Toshihiko Arai
再生速度のカーブに沿って波形が横へ引き伸ばされ、音程を下げながら止まっていくTape Stopの図

音が止まる瞬間に沈んでいく ── Tape Stop / Vinyl Brake

曲の終わりで、音全体が「ウゥーン」と低く沈みながら止まることがあります。レコードの回転にブレーキをかけたような、あるいはテープレコーダーの電源を切ったような止まり方です。Tape Stop、Vinyl Brake、DJ Stopなどと呼ばれますが、どの名前にも共通するのは、音量ではなく再生速度を動かしていることです。 停止ボタンを押せば一瞬で無音になります。音量をゆっくり絞れば、フェードアウトになります。それに対してTape Stopは、鳴っている音を読み進める速さそのものを、短い時間で1から0へ落としていきます。読む速さが落ちると同じ波形を再生するのに長い時間がかかり、その波形の繰り返しも遅くなる。だから時間が伸びるのと同時に、音程も下へ沈みます。 フェードアウトは音量、Tape Stopは時間を止める フェードアウトが触るのは、波形の縦方向です。サンプルの値を1倍、0.8倍、0.5倍……と小さくしていけば、音色も音程も速さもそのまま、音量だけが消えていきます。歌声は同じ高さ、ドラムは同じテンポのまま、遠ざかるように静かになります。 Tape Stopが触るのは、波形を読む横方向の速さです。再生ヘッドが進む幅を1サンプル、0.8サンプル、0.5サンプル……と狭めていくと、波形は横へ引き伸ばされます。短かった一周期が長くなるので音程が下がり、フレーズ全体も間延びします。最後に音量を少し整えることはあっても、あの「沈む」感じを作っている主役は音量のフェードではありません。 この違いは、止まり際の輪郭にも表れます。フェードアウトでは高い成分も低い成分も元の位置に残ったまま薄くなります。Tape Stopではスペクトル全体が低いほうへ滑り落ちます。耳は「音が小さくなった」だけでなく、「動いていた機械が慣性を失って止まった」という出来事を感じ取るわけです。 サンプル列を読む針を遅くする コンピューターにとって、音とは1秒に44100個ほど流れてくる数の列です。この連載の出発点である音は数字でできている では、スピーカーをどちらへどれだけ動かすかを、この数の並びで表せることを見ました。録音された音を再生する処理は、並んだ数を先頭から順番に拾い、スピーカーへ渡す仕事だと考えられます。 通常再生では、読み出し位置を毎回ちょうど1ずつ進めます。位置0を読んだら1、次は2、その次は3です。再生速度を $r$ と書くなら、通常は $r=1$。半分の速さなら毎回0.5ずつ進み、位置0、0.5、1.0、1.5……を読むことになります。同じ出力時間に通り過ぎる元サンプルが半分になるため、フレーズはおよそ2倍に伸びます。 波形の周期も同じ割合で伸びます。再生速度が一定の $r$ なら、周期は $1/r$ 倍、周波数は $r$ 倍です。たとえば $r=0.5$ では、一周期を読むのに2倍の時間がかかり、周波数は半分、つまり音程は1オクターブ下がります。ここには「時間を伸ばす処理」と「音程を下げる処理」が別々にあるわけではありません。同じサンプル列を遅く読むという、ひとつの操作の表と裏です。 現代のタイムストレッチ技術には、音程を保ったまま長さだけを変えたり、長さを保ったまま音程だけを変えたりする方法もあります。しかしTape Stopが気持ちよく聞こえるのは、その分離をしないからです。物理的なテープやレコードと同じように、速度、時間、音程がほどけず一緒に動く。この不自由さが、機械が止まるような説得力になります。 ついでに自作アプリの紹介を。こうして沈んでいく音程を聴き取る耳を鍛えるための、Harmonize という音感トレーニングアプリを個人開発しています。Tape Stop のような速度変化の機能はありませんが、音の高さを聴き分ける練習の道具として公開しています。 Harmonize 相対音感と純正律の感覚を鍛える音感トレーニングアプリ 今すぐ無料でダウンロード App StoreGoogle Play 0.5番目のサンプルをどう読むか 再生速度を0.5にすると、読み出し位置は0、0.5、1.0、1.5と進みます。ところが配列に入っているのは、位置0、1、2といった整数番地のサンプルだけです。「0.5番目」の値は録音されていません。そこで、前後のサンプルから途中の値を推測します。この推測を補間と呼びます。 いちばん単純なのは補間をせず、いちばん近いサンプルをそのまま選ぶ方法です。実装は軽いものの、低速では同じ値を何度も読む階段状の動きが目立ち、高い周波数のざらつきや折り返しノイズが出やすくなります。Tape Stopの終盤ほど読み出し位置の進みが小さくなるので、この粗さが聞こえやすくなります。意図的に古いデジタル機器のような質感を出すのでなければ、少なくとも補間を入れたいところです。 線形補間は、前後2点を直線で結び、その途中を割合で混ぜます。位置が10.25なら、サンプル10を75%、サンプル11を25%です。わずかな計算で段差をかなり減らせるため、仕組みを確かめる実装には扱いやすい方法です。さらに前後4点ほどを使う三次補間や、より長い範囲を参照する補間なら、波形の曲がり方まで滑らかに推測できます。代わりに計算量と、端のサンプルをどう扱うかという仕事が増えます。 補間は失われた情報を魔法のように復元する処理ではありません。手元の点から、点と点の間をどう通ったはずかを見積もる処理です。それでも「隣の値へ突然飛ぶ」のを避けるだけで、沈んでいく音の手触りは大きく変わります。 速度カーブがブレーキの重さを決める 開始から停止までの長さを決めても、止まり方はひとつではありません。速度を1から0まで直線で下げれば、一定の割合で素直に減速します。最初に大きく速度を落としてから低速域を長く引けば、重いテープが力を失い、最後に粘るような尾になります。反対に、しばらく通常速度を保って終盤で急に落とせば、DJがブレーキを強くかけたような、輪郭のはっきりした停止になります。 ここで設計しているカーブは音量の包絡線ではなく、読み出し位置に毎回足す歩幅です。同じ1秒のstop timeでも、カーブの下側の面積、つまり停止までに読み進める総量は変わります。そのため、カーブを変えると音程の落ち方だけでなく、元のフレーズがどこまで聞こえてから止まるかも変わります。 完全に0まで落とす代わりに、途中の速度で止める設計もできます。brake depthを浅くすれば、少しだけ沈んだところでブレーキを離すような効果になります。さらにごく小さな速度揺れを重ねれば、回転むらを思わせるwowやflutterが生まれ、ノイズを薄く足せば媒体の古さも演出できます。ただし、どれも中心にあるのは速度カーブです。装飾を外しても、速度が落ちれば時間と音程は一緒に沈みます。 触ってみる 同じ短いフレーズを「通常停止」「音量フェードのみ」「Tape Stop / 速度低下」の3通りで止めるデモを用意しました。まず通常停止で音が突然切れる感触を聞き、次に音量フェードで高さとテンポが変わらないことを確かめ、最後にTape Stopへ切り替えてください。速度カーブと音程のグラフが同じ形で下がり、フレーズが低く引き伸ばされるのを耳と目で比べられます。 うまく表示されないときは、デモを別タブで開く 。 ...

公開: 2026年7月14日 · Toshihiko Arai
入力の各サンプルがインパルス応答のコピーを自分の位置に置いていき、縦に足し合わせると残響をまとった出力になる畳み込みの図

残響を「畳み込む」── リバーブと畳み込みの正体

お風呂場で歌うと、いつもより上手く聞こえます。声が壁とお湯の面で何度も跳ね返り、少し遅れた自分の声が何重にも折り重なって、細かいアラを覆い隠してくれるからです。コンサートホールの豊かな響きも、カラオケのエコーの奥にあるあの「ふわっ」とした広がりも、正体は同じ。無数の反射が折り重なった音、つまり残響です。 ディレイの回 の終わりに、ディレイタイムをうんと短くすると、やまびこがにじんで残響のように聞こえ始める、という話をしました。今回はその残響を正面から作ります。そして残響を作ろうとすると、信号処理のど真ん中にある「畳み込み」という計算が、避けようもなく姿を現します。畳み込みには $y[n] = \sum x[k] \cdot h[n-k]$ といういかめしい数式がついて回りますが、あらかじめ言ってしまうと、この式がやっているのは「配って足す」という、拍子抜けするほど素朴な作業です。 手拍子1発が、部屋のすべてを語る がらんとした教会の真ん中で、パンと1回だけ手を叩くところを想像してください。手拍子はほぼ一瞬の音、時間軸の上ではたった1本のパルスです。ところが部屋は、その一瞬に対して長い返事を返してきます。まず手拍子そのものが直接届き、続いて壁や床で1回跳ねた音が数発、そのあとは何度も跳ね返って細かくなった無数の反射が、密な尾を引きながら数秒かけて消えていく。 この「一瞬の衝撃(インパルス)への部屋の返事(応答)」を録音したものを、インパルス応答と呼びます。長い名前ですが、中身はただの手拍子の録音です。そして驚くべきことに、この録音がたった1本あれば、その教会で歌を歌った音も、ギターを弾いた音も、実際に足を運ばずに計算だけで作り出せます。実在のホールや名機と呼ばれる残響装置の「響きそのもの」を丸ごと持ち帰れるわけで、この方式のリバーブはコンボリューション・リバーブ(畳み込みリバーブ)という名前で、いまの音楽制作の定番になっています。 手拍子1発の録音から、なぜ任意の音を鳴らした結果が計算できてしまうのか。そのからくりが、今回の核心です。 配って足す 鍵になるのは、この連載で繰り返し出てくる前提 、つまりコンピューターにとって音は1秒あたり44100個の数の列だ、という事実です。数の一つ一つは「その瞬間にスピーカーの膜をどれだけ押すか」でした。ということは、入力の音は「高さの違う小さなパルスが44100分の1秒おきにびっしり並んだもの」だと見ることができます。歌もギターも、ミクロに見れば小さな手拍子の連打なのです。 そして部屋は、音が十分小さいうちは律儀です。2倍の強さで叩けば、返事もそっくり2倍になる。2発続けて叩けば、それぞれの返事がそのまま重なって聞こえる。返事の形そのものは、いつ叩いても変わりません。この律儀さがあるので、次のことが言えます。入力のサンプル1個1個が、それぞれ「自分の高さ倍にしたインパルス応答のコピー」を、自分の時刻から発生させる。そして同じ時刻に重なった返事たちは、ただの足し算で合わさる。これだけで、部屋の応答が完全に再現できてしまうのです。 これを式に書き起こしたものが、冒頭のいかめしい数式です。 $$y[n] = \sum_{k} x[k] \cdot h[n-k]$$ 読み方はこうです。$k$ 番目の入力サンプル $x[k]$ は、時刻 $k$ で部屋を叩きます。その返事のうち時刻 $n$ に届く分は、叩いてから $n-k$ サンプル後の返事、つまり $h[n-k]$ を $x[k]$ 倍したもの。時刻 $n$ の出力 $y[n]$ は、そこに返事を届けてくるすべての $k$ について足し合わせたもの。つまり $x[k] \cdot h[n-k]$ が「配る」で、$\sum$ が「足す」。数式は「配って足す」の記号化にすぎません。この計算の名前が畳み込み(コンボリューション)です。画像をぼかすフィルタも、画像認識で使われる畳み込みニューラルネットワーク(CNN)の「畳み込み層」も、次元こそ違えど中身はこれと同じ「配って足す」をやっています。 ディレイは、棒がまばらな畳み込みだった ここでディレイの仕組みを思い出すと、面白いことに気づきます。ディレイに手拍子を1発入れると、何が返ってくるでしょうか。原音が1本、$D$ 秒後にやまびこが $g$ 倍で1本、$2D$ 秒後に $g^2$ 倍で1本……。つまりディレイのインパルス応答は、等間隔にまばらに立つ、等比で縮む棒の列です。 やまびこと残響は、同じ「配って足す」機械に差し込む $h$ の形が違うだけだったのです。棒がまばらで間隔が広ければ、返事を1発ずつ聞き分けられて、やまびこに聞こえる。棒が無数にびっしり詰まっていれば、返事は溶け合って、残響に聞こえる。ディレイの回で「ディレイタイムを短くすると残響のように聞こえてくる」と書いたのは、棒の間隔を詰めていくと $h$ が部屋のインパルス応答の形へ近づいていく、ということだったわけです。 触ってみる 同じ音に別々のインパルス応答をまとわせて聴き比べられるデモを用意しました。プラック音(弦をはじいたような短い音)を鳴らしてから、「部屋」を小部屋・ホール・バネ風と切り替えてみてください。音の素材はまったく同じなのに、鳴っている場所だけが変わります。「手拍子風」のボタンはほぼパルスの音なので、これを押すと選んだ部屋のインパルス応答そのものに近い音、つまり「部屋の返事」の生の姿が聞けます。 うまく表示されないときは、デモを別タブで開く 。 ...

公開: 2026年7月13日 · Toshihiko Arai
黒地にネオンの警報灯、上下するピッチ曲線、ディレイの反復、DUB SIRENの文字を重ねたレコードジャケット風アイキャッチ

発振器を飛ばして鳴らす ── Dub Siren

ダブやレゲエの音源で、空間を切り裂くように「ウィーオー、ウィーオー」と飛んでくる電子音があります。Dub Siren(ダブサイレン)と呼ばれる、発振器を中心にした小さな演奏装置の音です。 音の材料は驚くほど単純です。オシレータと呼ばれる発振器でサイン波や矩形波を鳴らし、そのピッチや波形をノブとボタンで動かす。そこへディレイとフィードバックをかけ、鳴らし終えた音まで反復させる。複雑な楽器音を合成するのではなく、単純な音を動かして空間へ飛ばすことで成立します。 ここでいちばん大切なのは、何が動いているかです。この連載では、LFOという、別のつまみを自動で揺らすための低周波発振器を使い、トレモロでは音量 を、ウォブルベースではフィルター を動かしてきました。Dub SirenでLFOが動かすのは、音量でも明るさでもなくピッチそのものです。 波の背が伸び縮みすれば音量が変わり、倍音が出入りすれば明るさが変わります。波の間隔が詰まったり伸びたりすれば、音の高さが変わります。このピッチの動きを耳ではっきり分かるほど大きくしたものが、サイレンの核です。 Dub Sirenを曲で聴く Dub Sirenは、ジャマイカでダブ音楽が発展した1970年代後半に生まれたとされます。レコーディングエンジニアがミキシングデスクを楽器として扱い、音源を抜き差しし、フィルターやディレイを演奏するように操作し始めた時期の産物です。初期の重要人物としてKing TubbyとLee “Scratch” Perryが挙げられます。 ここでは初期のダブ、英国のサウンドシステム文化、現代のジャングル/ベースミュージックという3つの地点を並べます。サイレン音だけを探すより、短く投げた電子音がディレイで曲の隙間へ広がり、リズムの一部になる瞬間へ耳を向けると仕組みを追いやすくなります。 Lee "Scratch" Perry & The Upsetters / 1973 Black Panta アルバム『Blackboard Jungle Dub』のオープニング曲です。サイレン的な効果の初期の代表例として、単純な電子音がミックスと反復の中で強い合図へ変わる感覚を聴けます。 YouTubeで探す Amazonで探す Jah Shaka / 1980年代前半のシリーズ Commandments of Dub 英国のサウンドシステム文化でダブサイレンが定着していく流れをたどる入口です。年代には複数の版があるため、ここでは1980年代前半のシリーズとして扱います。 YouTubeで探す Amazonで探す Nia Archives / 2022 Baianá 1990年代初頭のジャングル/ドラムンベースで変化したダブサイレンの使われ方が、現代のベースミュージックにも受け継がれていることを感じられる一曲です。 YouTubeで探す Amazonで探す ジャケット画像はMusicBrainz / Cover Art Archive由来の画像を記事内に同梱して配信しています。 小さく揺らせばビブラート、大きく揺らせばサイレン 典型的なダブサイレンの回路は、音として聞くためのオシレータと、それよりずっと遅く動くLFOの組み合わせに単純化できます。オシレータの中心周波数に、LFOの出力を加えます。 $$ f(t) = f_\mathrm{base} + d \cdot \mathrm{LFO}(t) $$ ...

公開: 2026年7月13日 · Toshihiko Arai
2本のノコギリ波と、その重ね合わせで生まれるうなりと倍音の広がりを描いたReese Bassのアイキャッチ

2本のノコギリ波が低音を濁らせる ── Reese Bass

前回のウブルベース では、LFO(別のつまみを周期的に動かすための低周波発振器)を使ってフィルターのカットオフを上下させました。音色の明るさを外から動かすことで、あの「ウォブウォブ」を作る仕組みです。 今回の Reese Bass は、似たような低音のうねりが聞こえても成り立ちが違います。LFOは一切使いません。わずかに周波数をずらした複数のノコギリ波をただ重ね、その足し算で起きる位相干渉を音色そのものにします。デチューンとは、同じ音程のつもりで鳴らす音を少しだけ高く、または低くずらすことです。 Reese Bassを曲で聴く Reese Bass という名前は、デトロイト・テクノのプロデューサー Kevin Saunderson が Reese 名義で1988年に発表した「Just Want Another Chance」に由来します。KMS Records / Incognito Records からリリースされたこの曲のベースラインは、後年ドラムンベースやジャングルのプロデューサーたちに再発見され、繰り返し使われるうちに音色の名前として定着しました。 Reese / Just Want Another Chance Just Want Another Chance Reese Bassという呼び名の出発点になった曲です。ベースを一つの固定した音としてではなく、濁りながら内部で動き続ける塊として聴くと、このあとの位相干渉の話へつながります。 YouTubeで探す Amazonで探す Renegade / Moving Shadow Terrorist Ray Keithの別名義Renegadeによる1994年の曲です。DJ Magが「gargantuan Reese」と評し、ジャングルのブループリントになった代表曲として紹介しています。 YouTubeで探す Amazonで探す Alex Reece / Metalheadz Pulp Fiction 1995年に発表され、Reese Basslineを使った曲がドラムンベースのスタンダードになった代表例として語られる曲です。2-stepドラムンベースの先駆けとも言われます。 YouTubeで探す Amazonで探す ジャケット画像はMusicBrainz / Cover Art Archive由来の画像を記事内に同梱して配信しています。 ...

公開: 2026年7月12日 · Toshihiko Arai