ウォブルベース では、倍音の多い低音をフィルターへ通し、そのフィルターを LFO で周期的に揺らす話をしました。では、同じ低音でも「ウォブウォブ」ではなく、「ビョン」「ミャウ」「ギュワッ」と跳ねるあの音は何でしょうか。アシッドハウスやアシッドテクノで鳴る、TB-303風のアシッドベースです。

アシッドベースも、素材はかなり素直です。ノコギリ波か矩形波を作り、ローパスフィルターへ入れる。そこまではウォブルベースと似ています。ただし主役は LFO ではありません。音符が鳴るたびにフィルターを一瞬だけ開き、レゾナンスでカットオフ付近を強調し、アクセントで一部の音をさらに強く明るくし、スライドで音程をぬるっとつなぐ。この「音符ごとの動き」が、アシッドベースの正体です。

要するに、ウォブルベースが「低音を周期的に揺らす音」だとしたら、アシッドベースは「低音をシーケンサーでつついて跳ねさせる音」です。この記事では、TB-303的な音をサウンドプログラミングの部品へ分解し、ブラウザ上の16ステップデモで組み立てます。

アシッドベースを曲で聴く

アシッドベースは、Roland TB-303 Bass Line と切り離して語りにくい音です。ここでは、TB-303や303的なシーケンスの文脈で代表的に語られる曲を並べます。聴くときは、低音の音程よりも、フィルターが「開く瞬間」と、音程が段差ではなく滑ってつながる瞬間に耳を向けると、このあとの仕組みとつながります。

Phuture『Acid Tracks』の12インチ盤レーベル

Phuture / Acid Tracks

Acid Tracks

アシッドハウスの出発点として語られる代表曲です。長く反復される303のフレーズが、つまみ操作とレゾナンスだけで別の生き物のように変化していきます。

A Guy Called Gerald『Voodoo Ray』の12インチ盤レーベル

A Guy Called Gerald / Single

Voodoo Ray

初期アシッドハウスの成功例として分かりやすい曲です。歌やサンプルの印象も強いですが、裏で走る303シーケンスの粘りが曲の推進力を作っています。

Hardfloor『Acperience 1 Two Decades Edition』のジャケット

Hardfloor / Acperience

Acperience 1

303を何本も絡ませる方向の、かなり分かりやすいアシッドテクノです。音色が細かく変わっても、シーケンスの反復がずっと背骨に残ります。

Josh Wink『Higher State of Consciousness』のシングルジャケット

Josh Wink / Single

Higher State of Consciousness

歪みを足した303の叫びが、フィルターを開きながら上へ突き抜ける代表例です。この記事のデモで drive と resonance を上げると、この方向の音に近づきます。

ジャケット画像はMusicBrainz / Cover Art Archive由来の画像を記事内に同梱して配信しています。

ウォブルとの違いは「誰がフィルターを動かすか」

ウォブルベースでは、フィルターを動かす主役は LFO でした。BPMに同期した低周波の波が、カットオフを周期的に上げ下げします。だから音は「ワウワウ」「ウォブウォブ」と、一定の揺れとして聞こえます。

アシッドベースでは、フィルターを動かす主役がシーケンサーに変わります。音符が鳴るたびに、フィルターのカットオフを高いところから低いところへ落とす。式にすると、かなり単純です。

$$ f_c(t) = f_\mathrm{base} + E \cdot e^{-t/\tau} $$

$f_c(t)$ はその瞬間のカットオフ周波数、$f_\mathrm{base}$ は閉じたときの明るさ、$E$ はエンベロープ量、$\tau$ は落ちる速さです。音が鳴った瞬間に $E$ ぶんだけ明るくなり、そこから指数関数的に閉じていく。この一発ごとの「開いて閉じる」が、アシッドベースの跳ねる感じを作ります。

ポイントは、エンベロープが音量だけではなく、フィルターへ掛かっていることです。ADSRの回 では音量の時間変化が楽器の顔を決めるという話をしましたが、ここでは同じ時間変化が音色の明るさを決めます。音量が同じでも、明るさが短く跳ねるだけで、耳には「ビョン」と聞こえるのです。

ワウペダルとの対応で考えると、ここはかなり分かりやすくなります。ワウペダルは足でフィルターの焦点を動かします。オートワウは入力音量に反応してフィルターを動かします。アシッドベースでは、シーケンサーの各ステップがきっかけになって、短いフィルターの動きが発火します。つまり「ワウっぽい動きを、音符ごとに自動で鳴らしている」と考えると近いです。ただし、1小節で1回だけ大きく上がるのではなく、オンになっているステップごとに小さなワウが起きます。

レゾナンスが「ミャウ」を作る

ローパスフィルターは、高い周波数を削って音を丸くする道具です。ところがレゾナンスを上げると、カットオフ周波数の周辺だけが山のように持ち上がります。この山が高いほど、フィルターが開閉するときに「ワウ」「ミャウ」という声っぽい癖が強く出ます。

ローパスフィルターでレゾナンスを上げると、カットオフ周波数付近に鋭い山が立つ図

ここで大事なのは、レゾナンスが音程そのものを上げるつまみではないことです。音程はオシレータの周波数で決まります。レゾナンスが変えているのは、どの高さの倍音を強く通すかです。ワウペダルで「ア」から「ウ」へ口の形が変わったように聞こえるのも、音程が変わったからではなく、強調される周波数帯が動くからです。

アシッドベースで大事なのは、素材の波形が派手すぎなくても、レゾナンスを上げたフィルターが自分で強烈な個性を持つことです。ノコギリ波や矩形波には、基音だけでなく、その整数倍の倍音がたくさん含まれています。カットオフをエンベロープで動かし、レゾナンスを上げると、フィルターの山がその倍音列の上を滑ります。

ノコギリ波の倍音列の上をレゾナンスの山が高い周波数から低い周波数へ動き、強調される倍音が変わる図

山が高い周波数側にある瞬間は明るく、少し下がると中域が鼻にかかったように目立ち、さらに下がると低めの成分が残ります。これが一音の中で素早く起きるので、単なる低音ではなく、口を開け閉めするような「ミャウ」として聞こえます。バンドパスフィルターだけを動かしているように感じるかもしれませんが、303的な音ではローパスフィルターの端にできたレゾナンスの山が、結果として狭い帯域を強調している、と考える方が実装には近いです。

ただし、レゾナンスを上げすぎると発振に近づき、細く鋭い音になります。そこへ歪みを足すと、山の周りに新しい倍音が増え、スピーカーから前へ飛び出すようになります。Josh Wink「Higher State of Consciousness」のような叫ぶ303は、このレゾナンスと歪みの方向をかなり強く押し出した音です。

アクセントは「強い音」ではなく「明るい音」

TB-303的なシーケンスで欠かせないのがアクセントです。普通のシンセならアクセントは音量を少し上げるだけに思えますが、アシッドベースではそれだけでは足りません。アクセントの付いた音だけ、音量、フィルターエンベロープ量、場合によっては歪みの当たり方まで強くします。

つまりアクセントは「大きい音」というより「強く開く音」です。16ステップのうち、3番目と11番目だけアクセントを付けると、その2音だけが明るく前に飛び出します。リズムが同じでも、アクセント位置を変えるだけでフレーズの性格が変わるのはこのためです。

プログラムでは、アクセントの有無を1ステップごとの係数として扱えば十分です。

double accent = step.accent ? 1.6 : 1.0;
double cutoff = baseCutoff + envAmount * accent * env;
double amp = baseAmp * (step.accent ? 1.25 : 1.0);

音量だけではなく、フィルターへ渡すエンベロープ量も同時に増やす。このほうが、303らしい「そこだけ噛みつく」感じに近づきます。

スライドは音程の段差を消す

もうひとつの重要な癖がスライドです。普通のシーケンサーでは、C から G へ移ると、周波数が瞬時に切り替わります。スライドを入れると、前の音から次の音へ、音程が連続的に移動します。

$$ f(t) = f_0 \left(\frac{f_1}{f_0}\right)^{s(t)} $$

$f_0$ が前の音、$f_1$ が次の音、$s(t)$ が 0 から 1 へ進む滑らかな値です。周波数は音高に対して指数的に対応するので、線形にHzを足すより、比で補間したほうが耳には自然に聞こえます。

スライドがあると、音符が別々の点ではなく、粘った線になります。アシッドベースが「打ち込み」なのに妙に生きて聞こえるのは、アクセントで突き、スライドで引きずるからです。点と線の両方があるわけです。

触ってみる

16ステップの簡易303シーケンサーを用意しました。Playを押し、Resonance、Env Mod、Decay、Accent、Slide を動かしてみてください。各ステップの note / accent / slide / on を触ると、同じ音色でもフレーズの跳ね方が変わります。

うまく表示されないときは、デモを別タブで開く

デモの見どころは、カットオフのグラフです。音が鳴るたびに赤い線が跳ね上がり、Decay で決めた速さで落ちていきます。Accent を入れたステップでは山が高くなり、Slide を入れたステップでは音程の線が斜めにつながります。ウォブルベースのように全体が周期で揺れているのではなく、1ステップごとに音色が設計されていることが見えるはずです。

プログラムではこう組む

最小構成を擬似コードにすると、流れはこうです。

/* アシッドベースの最小構成(C風の擬似コード) */
for (n = 0; n < length; n++) {
    Step step = pattern[currentStep(t)];

    double f = slideFreq(previousFreq, step.freq, step.slide, t);
    double src = step.wave == SAW ? saw(&phase, f, fs) : square(&phase, f, fs);

    double env = exp(-timeFromStepStart(t) / decay);
    double accent = step.accent ? 1.6 : 1.0;
    double cutoff = baseCutoff + envAmount * accent * env;

    double filtered = resonantLowpass(src, cutoff, resonance);
    double dirty = tanh(drive * filtered);

    output[n] = ampEnvelope(step, t) * dirty;
}

部品は少ないです。音源、フィルター、フィルター用エンベロープ、アクセント係数、スライド補間。これを16ステップで繰り返すだけで、かなりアシッドらしい動きになります。

Web Audio API で作る場合は、オシレータを BiquadFilterNode のローパスへ入れ、ステップごとに filter.frequency を自動化します。

const osc = audioCtx.createOscillator();
osc.type = 'sawtooth';

const filter = audioCtx.createBiquadFilter();
filter.type = 'lowpass';
filter.Q.value = 18;

const t = audioCtx.currentTime;
filter.frequency.setValueAtTime(1800, t);
filter.frequency.exponentialRampToValueAtTime(300, t + 0.18);

osc.connect(filter);

実際のデモでは、各ステップを少し先読みしてスケジュールし、frequencyfilter.frequencygain をまとめて動かしています。急に値を切り替えるとクリックが出るので、音量は数ミリ秒だけ立ち上げ、音程はスライド時だけ滑らかに補間しています。

実際の制作では何を使うのか

アシッドベースの場合、ウォブルベース以上に「特定の楽器」の影が濃いです。元祖として語られるのは Roland TB-303 Bass Line ですが、オリジナル機は古い中古機材です。いま同じ方向の音を作るなら、現行・中古のハードウェア、ソフトシンセ、DAW内蔵音源のどれでも構いません。

  • Roland TB-03 / TB-303関連機材 : Roland 自身がTB-303の音と操作系を再現した Boutique 系の機材です。カットオフ、レゾナンス、エンベロープ、ディケイ、アクセントを手で触れるのが強みです。
  • Behringer TD-3 : 303系のハードウェアを比較的手に取りやすく試したい場合の候補です。実機のつまみを回して音が暴れる感覚を掴みやすいです。
  • アシッドベース ソフトシンセ : D16 Phoscyon、AudioRealism Bass Line、Arturia Acid V など、ソフトウェアでも303系の音源は多くあります。Amazonでは関連書籍やMIDI機材が出ることもあります。
  • MIDIコントローラー / DAW : ソフトシンセを使うなら、ノブ付きのコントローラーがあるとカットオフとレゾナンスを演奏できます。アシッドベースは、つまみを録音して完成する音でもあります。

買う順番としては、まずDAW内のソフトシンセや無料の303系音源で「カットオフ、レゾナンス、エンベロープ、アクセント、スライド」を触るのが現実的です。そのあとで、手元のつまみで演奏したくなったらハードウェアを検討すれば十分です。大事なのは機種名より、16ステップの反復に対して、どの音を強く開き、どの音を滑らせるかです。

参考文献

  • MusicRadar「Everything you need to know about: acid house 」(2019)。Phuture、TB-303、Acid Tracks、レゾナンスと歪みによるアシッドサウンドの文脈の参考。
  • MusicRadar「10 of the best Roland TB-303 tracks of all time 」(2026)。Voodoo Ray、Higher State of Consciousness、Acid Tracks、Acperience 1 など、TB-303文脈の代表曲を確認する参考。
  • Roland「TB-03 Bass Line 」。TB-303系の操作子として、cutoff、resonance、envelope mod、decay、accent などが重要であることの確認。
  • 青木直史『サウンドプログラミング入門――音響合成の基本とC言語による実装 』技術評論社(2013)。オシレータ、フィルタ、エンベロープなど、この記事の部品にあたる考え方をC言語実装つきで学べる定番書。
  • 青木直史『C言語ではじめる音のプログラミング――サウンドエフェクトの信号処理 』オーム社(2008)。フィルタや歪みなど、音を加工する信号処理を実装寄りに学べます。
  • ジャケット画像は MusicBrainz / Cover Art Archive の各リリース画像を使用。Phuture『Acid Tracks』、A Guy Called Gerald『Voodoo Ray』、Hardfloor『Acperience 1 Two Decades Edition』、Josh Wink『Higher State of Consciousness』。
  • デモの実装には Web Audio API を使用。音源には OscillatorNode、フィルターには BiquadFilterNode、歪みには WaveShaperNode、音量管理には GainNode を使っています。

アシッドベースは、複雑な音色に見えて、分解すると「短いフィルターエンベロープを持った低音の反復」です。そこへレゾナンス、アクセント、スライド、歪みを足すと、単純な16ステップが急に粘り出します。機械的なはずのシーケンサーが、つまみを回した瞬間に生き物のように鳴る。その感じこそ、アシッドベースの面白さだと思います。