Harmonize の和音ステージを遊んでいると、あの瞬間に出会います。

自分の音を少しずつ動かしていくと、それまで「わんわん」と波打っていた響きが、あるところでふっと静かになる。3つの音の境目が消えて、ひとつの音の柱になったように、スッと溶ける瞬間。

あのとき耳は何を捉えているのか。そして——実はあの澄んだ響き、ピアノでは原理的に出せません。その話をします。

「わんわん」の正体は、音のケンカ

高さがわずかに違う2つの音を同時に鳴らすと、音量が周期的にふくらんだりしぼんだりして聞こえます。これがうなりです。

2つの波は、重なって強め合ったり、逆向きにぶつかって打ち消し合ったりを繰り返します。その周期がそのまま音量の波になり、うなりの回数は2つの音の周波数の差そのものになります。440 Hz と 442 Hz なら、1秒間にちょうど2回「わんわん」といいます。

ピアノの調律師は、この回数を耳で数えながら弦を合わせています。Harmonize で「ゆっくり」ボタンを押してうなりを聴きやすくするのは、プロの調律とまったく同じ作業なのです。

ハモった和音は、周波数が「きれいな整数比」

うなりがぐっと減るのは、2つの音の倍音がぴったり重なるときです。

  • オクターブ … 周波数比 2:1
  • 完全5度(ドとソ)… 3:2
  • 長3度(ドとミ)… 5:4

こうしたきれいな整数比になると、お互いの倍音が同じ位置に並び、響きがひとつに溶けます。これが純正律の考え方です。澄んだハモリとは、物理的には「倍音がそろって重なること」なのです。うなりが消える仕組みそのものは、シリーズ記事「きれいな和音はなぜ『うなり』が消えるのか 」でも音を鳴らして確かめられます。

それなのに、ピアノは妥協している

ところが現代のピアノは、純正律では調律されていません。オクターブを均等に12分割した平均律で調律されています。

平均律の長3度(ドとミ)は、純正な 5:4 よりも約14セント(半音の約14%)広くなっています。つまりピアノで「ドミソ」を弾くと、ミが常に少しだけ高く、和音は微かにうなり続けているのです。聴き慣れているので気づきませんが、これは狂いではなく仕様です。

なぜそんな妥協をするのか。純正律は「ハ長調のドミソ」は完璧でも、転調した瞬間に比率が崩れ、別の調ではひどくにごってしまうからです。どの調でもそこそこ美しく、を取ったのが平均律で、代償としてどの調でも完璧には溶けないことを受け入れました。鍵盤楽器が転調の自由を手に入れるための、歴史的な取引だったわけです。

聴き比べてみよう(デモ)

言葉より耳です。下のデモで、同じ「ドミソ」を平均律と純正律で鳴らし比べてみてください。長3度だけを取り出すと、うなりの違いがいちばんよくわかります。波形の表示を見ると、平均律は音量が「わんわん」と波打ち、純正律はまっすぐに近づくのが目でも確認できます。

うまく表示されないときは、デモを別タブで開く

純正律でも、音は完全には澄みきらない

ここは正直に付け加えておきます。純正律にしたからといって、音のうなりがすべて消えるわけではありません。

消えるのは、和音を支えている低いほうの倍音どうしのうなり——「ドミソ」でいえば、耳がいちばん敏感に拾う土台の部分です。ゲームで「ハマった」と感じるのは、この層がそろった瞬間です。ところが実際の楽器の音には高い倍音がたくさん含まれていて、そこまで含めると話はもっと生々しくなります。弦は硬さのせいで倍音がわずかに整数比からずれますし(ピアノは特にそうです)、演奏の音程も完璧ではありません。いちばん高い成分まできっちりそろえるのは、平均律だろうと純正律だろうと無理な相談です。

面白いのは、その「完全には澄みきらない」ことが、必ずしも欠点ではない点です。もし澄んだサイン波だけでドミソを組めば、うなりはほとんど出ませんが、痩せて頼りない音になります。倍音がぶつかり、わずかに揺れるからこそ、和音は太く、生きて聞こえる。合唱やユニゾンの弦が艶やかなのも、少しずつ違う音源が重なって細かく揺れる、コーラス効果に近いものが働くからです。純正律が作るのは「無菌の完璧さ」ではなく、土台が澄んだうえで、その上ではほどよく賑わっている響きなのです。

ピアノにできないことを、声や弦はやる

音の高さを連続的に変えられる楽器——人間の声、弦楽器、金管——は、ピアノと違って和音の中で高さを微調整できます。優れた合唱団や弦楽四重奏は、和音を鳴らす瞬間に3度の音をわずかに低く取り、純正な響きへ寄せます。楽譜の上では同じ「ミ」でも、和音の中での役割に合わせて高さを変えているのです。アカペラの合唱がときにゾクッとするほど澄んで聞こえるのは、歌い手たちがこの「うなりゼロ」へその場で寄せているからです。

あなたがゲームでやっていたこと

Harmonize の和音ステージで、うなりに耳を澄まし、響きが溶ける一点を探すあの作業。あれは、合唱団や弦楽四重奏が本番のステージでやっている耳の仕事と、同じ方向を向いています。ピアノの鍵盤には出せない、土台まで澄んだ和音を、あなたは自分の耳で探り当てていたのです。

次に和音ステージを開いたら、正解の少し手前で止めて、うなりの回数がだんだんゆっくりになる様子を聴いてみてください。毎秒10回が、5回になり、1回になり、そして土台のうなりがふっと消える。その最後の一歩が、平均律と純正律の間にある「14セント」の距離です。


和音ステージは、重音・和音で星を集めると解放されます。うなりが消える一点を、音で確かめながら相対音感を鍛えたい方は、ぜひ触ってみてください。