Harmonize の音階ステージは、お手本の旋律を聴いて、一音ずつ自分で高さを合わせていくゲームです。遊んでいて、こんな疑問を持った方がいるかもしれません。あの「正解の高さ」は、いったい何を基準に決まっているのか。
ピアノやチューナーと同じ平均律だろう、と思うのが自然です。あるいは、和音ステージの記事 を読んだ方なら、うなりが消える純正律を思い浮かべるかもしれません。ところが、どちらでもありません。音階ステージの正解は、ピタゴラス音律という、また別の物差しで置かれています。
なぜわざわざ3つ目の物差しを持ち出すのか。実はここに、「和音の正しさ」と「旋律の正しさ」は別物だ、という音楽の面白い性質が隠れています。
同じ「ミ」でも、和音と旋律では正解が違う
和音ステージの正解だった純正律は、周波数がきれいな整数比になる高さです。ドとミなら 5:4。このときうなりが消えて、響きがひとつに溶けます。
ところが、この「和音として完璧なミ」を取り出して、ドレミファ…と旋律の中で歌ってみると、多くの人の耳には少し低く、ぶら下がって聞こえます。逆に、旋律としていきいきと聞こえる高めのミで和音を鳴らすと、今度はうなりが出てにごる。同じ「ミ」という音でも、和音の中での正解と、旋律の中での正解は、高さが違うのです。

図の単位はセントといって、半音を100とする音程の物差しです。純正律のミは主音から386セント、ピアノ(平均律)は400、そしてピタゴラス音律は408。その差はたった22セント、半音の5分の1ほどですが、耳はこの違いをちゃんと聞き分けます。合唱や弦楽器の奏者が「3度は和音なら低め、旋律なら高めに取れ」と教わるのは、まさにこのことです。
そして無伴奏で旋律だけを歌う・弾くとき、優れた奏者が自然に選ぶ高さを説明できるのが、ピタゴラス音律です。音階ステージは旋律の練習なので、正解もこちらに置いてあります。
ピタゴラス音律——5度をひたすら積み重ねる
ピタゴラス音律は、名前のとおり古代ギリシャのピタゴラス(紀元前6世紀ごろ)に帰される、記録に残るかぎり最古の調律理論です。仕組みは拍子抜けするほどシンプルで、使う材料は完全5度(周波数比 3:2、702セント)ただひとつ。ドから5度ずつ積み上げていくだけです。
ドから5度上がるとソ。ソからもう5度上がるとレ(オクターブ内に折り返して204セント)。さらにラ(906)、ミ(1608、折り返して408)、シ(1110)。ファだけは逆に、ドから5度下がって作ります(498)。これで白鍵の7音、つまりドレミファソラシが全部そろいます。
こうして作った音階には、はっきりした個性があります。全音(ドとレの間)は204セントと平均律よりわずかに広く、半音(ミとファ、シとドの間)は90セントとかなり狭い。とくに大事なのが第7音のシ、いわゆる導音です。ピタゴラスのシは1110セントと3つの音律の中でいちばん高く、主音のドまであと90セントしかありません。
この「高い導音・狭い半音」が、旋律に推進力を与えます。シがドのすぐ近くまで迫っているから、次の瞬間ドに解決したくなる。旋律が前へ前へ進んで聞こえる。バイオリニストや声楽家が無伴奏の旋律で自然にやっている音程の取り方(旋律的イントネーションと呼ばれます)が、2500年前の単純な理屈とほぼ一致するのは、ちょっと感動的ですらあります。
ちなみに Harmonize では、ステージごとに音律を使い分けています。和音・分散和音のステージは響きが溶ける純正律、音階ステージは旋律が進むピタゴラス。ゲームを行き来するだけで、耳がふたつの「正しさ」を体験できる作りになっています。なお、調そのものの位置(主音の絶対的な高さ)は設定の基準ピッチに従って平均律で置いているので、他の楽器と合わせても違和感はありません。
ゲームに登場する音階たち
ここからは、音階ステージに収録されている音階を楽譜で見ていきます。どのカテゴリも「ドから」だけでなく、レから、ミから……と各音を出発点にした問題が上行・下行で出題されるので、楽譜は基本形(ドから1オクターブ)を載せます。
長音階——すべての基準

いちばんおなじみの、明るいドレミファソラシド。半音がミ・ファ間とシ・ド間の2か所だけにある、この配置がすべての基準になります。ピタゴラス音律ではこの半音が90セントと狭く、とくにシからドへ上がる最後の一歩に「帰ってきた」という感覚が生まれます。
面白いのは出発点を変えたときです。同じ7音をレから並べ直すと、どこか物憂げな響きに変わります。これは教会旋法と呼ばれる古い音階の世界(レから始めればドリアン旋法)で、ジャズやゲーム音楽では今も現役の語彙です。音階ステージの「各音から始める」問題は、知らないうちにこの旋法の響きを一巡りする作りになっています。
和声的短音階——増2度のエキゾチックな飛躍

短調の音階に「導音がほしい」という理由で第7音だけを高くした、いわば人工の音階です。その代償として、ラ♭からシへ318セントという大きな段差(増2度)が生まれました。全音1個半ぶんのこの跳躍が、アラビア風とも形容されるエキゾチックな香りの正体です。理屈で作った音階に、思いがけない個性が宿った好例です。
旋律的短音階——上りと下りで形が変わる

和声的短音階の増2度は旋律としては歌いにくい。そこで上るときは第6音も一緒に上げてなめらかにし、下るときは導音が不要なので自然な短音階に戻す——という、上りと下りで姿を変える音階です。収録カテゴリの中で唯一、上行と下行が別の形をしています。ゲームで下行問題が出たとき、上りの記憶のまま歌うと引っかかる、いい練習台です。
ペンタトニック——半音のない5音

ドレミソラ。ファとシを抜いた5音の音階で、半音がひとつもありません。どの音からどの音へ動いてもぶつかる感じがしないので、世界中の民謡がこの形に行き着きました。スコットランド民謡も、日本のわらべうたも、ロックのギターソロも、この5音の上に乗っています。出発点を変えれば明るくも哀しくも響く、メジャーとマイナーを一身に抱えた音階です。
琉球音階——いきなり長3度

ド・ミ・ファ・ソ・シ。沖縄民謡のあの響きです。レを飛ばしてドからいきなりミへ、3度で立ち上がる出だしが強烈な個性を作ります。本土のペンタトニックとは逆に、半音(ミ・ファ間、シ・ド間)をしっかり含んでいるのも特徴で、ピタゴラスの狭い90セントの半音が南国の照り返しのような明るさに効いています。
都節音階——江戸の陰影

ド・レ♭・ファ・ソ・ラ♭。お座敷の三味線や箏曲でおなじみの、陰影の深い音階です。主音のすぐ上に半音で寄り添うレ♭が、あの湿度のある翳りを生みます。琉球音階とちょうど対になる存在で、同じ5音・半音入りでも、半音を置く場所が変わるだけで南国の明るさが江戸の粋に変わる——音階の配置の妙をいちばん実感できる2つです。
ハンガリアン・マイナー——増2度がふたつ

和声的短音階の第4音をさらに上げて、増2度の段差を2か所に増やした音階です。東欧の民族音楽、とくにロマの音楽で使われ、リストやブラームスが好んで書きました。増2度をひとつ歌うだけでも難しいのに、それが二段重ねで出てくる、収録中屈指の歌いごたえです。
ブルース・スケール——きまじめな音律の中の異物

ド・ミ♭・ファ・ファ♯・ソ・シ♭。真ん中に挟まったファ♯がブルーノートです。本来ブルーノートは声で「ずり上げる」音で、楽譜に書ききれない揺らぎそのものなのですが、音階として固定するならここ、という位置に置かれています。ピタゴラスで取るとこのファ♯は612セント。かつて「悪魔の音程」と呼ばれた増4度で、きまじめな音律の中にわざと異物を混ぜたような、その居心地の悪さがブルースの味になります。
全音音階——半音のない浮遊感

ド・レ・ミ・ファ♯・ソ♯・ラ♯。すべての隣り合う音が全音、つまり完全に等間隔の音階です。半音の「寄りかかる先」がどこにもないため、主音の重力が消えて、夢の中のような浮遊感が生まれます。ドビュッシーが愛用したことで有名です。
ここだけ正直に種明かしをすると、この音階に限っては判定も平均律の200セント刻みです。ピタゴラスの全音204セントで6個積むと1224セントになり、オクターブ(1200)を通り過ぎてしまって音階が閉じないのです。等間隔という発想自体が平均律的な音階なので、ここは平均律で取るのが正解、という判断です。
半音階——実は半音には2種類ある

12個の半音を全部順番になぞる、いわば音階の最終試験です。そしてここに、ピタゴラス音律のいちばんマニアックな顔が出てきます。平均律ならどの半音も100セントで同じですが、ピタゴラスでは半音に2種類あるのです。ミ→ファのような「隣の音名へ移る半音」は90セント、ド→ド♯のような「同じ音名に♯が付く半音」は114セント。楽譜の上では同じ「半音」でも、幅が違う。
ゲームの半音階カテゴリはこの2種類が入り混じって出てくるので、耳のいい人ほど「半音のはずなのに、歩幅が揃っていない」ことに気づくはずです。それは間違いではなく、ピタゴラス音律の正直な姿です。なお半音階の問題は、いきなり12音ではなく、ミ・ファのようなよく知る半音から始めて3音、5音、フル、と段階的に増えていきます。
耳は、文脈で物差しを持ち替える
平均律・純正律・ピタゴラス。3つの物差しを見てきましたが、どれかが唯一の正解というわけではありません。ピアノは12の調を平等に扱うために平均律を選び、合唱は和音を溶かすために純正律へ寄り、無伴奏の旋律はピタゴラスへ寄る。優れた音楽家の耳は、その場の文脈に合わせて物差しを持ち替えています。
Harmonize の和音ステージと音階ステージを続けて遊ぶと、この持ち替えを自分の耳で体験できます。和音で「溶ける低めのミ」を探した直後に、音階で「前へ進む高めのミ」を歌う。22セントの往復が耳に馴染んできたら、それはもう立派に、音律を聴き分ける耳です。
音階ステージは PRO ステージとして収録しています(マスコットはアイキャッチのうにっちです)。世界の音階を耳でなぞってみたい方は、ぜひ試してみてください。
