時計を見ずに、感覚だけで10秒を測れるでしょうか。

やってみると、これが案外あてになりません。目を閉じて、心の中で「1、2、3……」と10まで数えてストップ。時計と見くらべると、たいてい少し長すぎたり短すぎたりします。その日の体調や気分でも変わる。自分の中の「1秒」は、思っているほど正確ではないのです。

その「どのくらいズレるんだろう」を、ちゃんと測れるゲームにしてみました。

無音で秒を数える、新しいステージ

筆者が個人開発している音感トレーニングアプリ Harmonize に、「Silent(サイレント)」という新しいステージを用意しました。音の高さを聴き分けるこれまでのステージとは毛色が違う、時間の感覚だけを試すステージです。

ルールは単純です。メトロノームが1秒刻みで「5、4、3、2、1、GO!」とカウントダウンして、そこから完全な無音になります。あとは心の中で秒を数えて、ぴったりだと思った瞬間にストップを押すだけ。時計は見えません。頼れるのは、最初のカウントダウンで体に入れた「1秒の長さ」と、自分の体内時計だけです。ズレの割合で星がつきます。10秒のお題なら、誤差1秒以内でクリアです。

タイム感を養うというと、メトロノームに合わせたリズム練習が定番ですが、こういうお遊びで鍛えるのもひとつの手だと思うのです。ルールを覚える必要すらないので、家族や友達と「誰がいちばん近いか」で競っても盛り上がります。

数字だけ見ると簡単そうですが、やってみると、これがなかなか当たりません。そして面白いのは、当たらない理由のほうです。

頭の中は、思ったよりうるさい

10秒なら、あっという間です。ところがお題が30秒、1分と延びていくと、様子が変わってきます。無音の中で「1、2、3……」と数えているあいだ、頭の中がまったく静かではないことに気づくのです。

エアコンの音、外を通る車、自分の呼吸。そういう外の音に気を取られたかと思えば、「いま数えるの速くなってないか」「そういえばあのメール返してない」——雑念が次から次に湧いてきます。数を数えるだけの単純な作業のはずが、集中はすぐ切れる。雑念に気づいて数に戻る、また逸れる、また戻る。この繰り返しです。

あるとき気づきました。これは、ほとんど瞑想です。座禅には呼吸をひとつずつ数えて心を鎮める方法があるといいます。静かな場所で、単純なひとつのことに意識を留め続けようとして、逸れては戻る——長丁場の秒数えの中身は、まさにそれでした。ぴったりを当てるコツは、結局のところ、雑念に持っていかれずに淡々と数え続けることに尽きます。言ってみれば、点数のつく瞑想です。

そういえば、無音の「曲」がありました

長いお題を作りながら、ふと思い出した曲があります。ジョン・ケージという作曲家が1952年に発表した『4分33秒』です。

これがとにかく妙な曲で、楽譜に書いてあるのは「休み」の指示だけ。奏者は楽器の前で身構えるものの、4分33秒のあいだ一音も出しません。有名な初演では、ピアニストがピアノの蓋をそっと開け閉めして楽章の区切りを示しただけだったと伝えられています。これを音楽と呼んでいいのか、当時も賛否が割れたそうですし、正直、いま聞いても「なんだそれ」と思うのが普通の反応だと思います。ただ、本人はいたって真面目でした。演奏が無いと、そのぶん、ふだん聞き流している音のほうが立ち上がってくる。初演で客席に届いたのは、外を渡る風や、屋根を打つ雨や、「これは何なんだ」というざわめきだったと伝えられています。無音のはずの時間が、その場の音でいっぱいだった、というわけです。

秒数えのゲームと直接の関係はありません。ただ、静かにしていると自分の呼吸や外の物音が妙に大きく聞こえてくる、という体験はどこか重なります。せっかく思い出したので、ステージの最後のお題は、この曲と同じ4分33秒にしました。

キノコのジャケットの話

筆者がこの盤に出会ったのは、昔、バンドをやっていた頃です。CDショップで前衛だの実験音楽だのの棚を掘り漁るのが好きで、ジョン・ケージの名前はもちろん知っていましたが、手が伸びた理由は中身より先にジャケットでした。白地に黒いキノコがすっと立っている、やたら格好いい一枚。気分はほとんどジャケ買いです。イタリアのCramps Recordsが出していた「nova musicha」というシリーズの第1弾で、そこに『4分33秒』の録音が収められていました。無音の曲の入った盤のジャケットがキノコ。当時は意味が分からなかったのですが、これがずっと頭に残っていたのです。

John Cage『John Cage (nova musicha n.1)』のジャケット。白地に黒いキノコのイラスト

John Cage / Cramps Records (Milano) 1974

John Cage(nova musicha n.1)

白地に黒キノコの、nova musicha シリーズ第1弾のジャケットです。『4分33秒』の録音のほか、おもちゃのピアノやラジオを使った曲など、ケージの変わった曲が一枚で見渡せます。

ジャケット画像は Amazon の商品情報(John Cage『nova musicha n.1』, Cramps Records)より掲載しています。

で、なぜキノコなのか。あとから知ったのですが、ケージは菌類学会の立ち上げに関わるほどのキノコ好きだったそうで、ジャケットのキノコはその茶目っ気の表れだったようです。

自分の「1秒」を測ってみる

ステージのお題は10秒から始まって、少しずつ長くなり、最後はあの4分33秒です。さすがに4分半を誤差1秒以内で当てられる人は、たぶんいません。それでも挑んでみると、自分の中の「1秒」が思っていたほどあてにならないことに気づいて、これが妙に面白い。時計に頼りきりの毎日で、体の中の時間がどれくらいズレているか、まずは10秒から確かめてみてください。