小田原に引っ越して、プロパンガスになった。
しかもキッチンのコンロは不調だった。左の強火側は、十回に一回つけばいい方。開通時にガス会社の人が「弁が劣化しているかもしれない」と言っていたが、二週間経っても改善せず、結局交換してもらうことになった。
その間、ほとんどコンロを使う気になれなかった。
さらに、プロパンは高い。 東京の都市ガスと比べると、体感では三〜四倍の勢いだ。
いっそ、キャンプ道具で暮らしてみたらどうだろう。
そう思うのも、自然な流れだろう。
CB缶もOD缶も持っている。防災用という名目もあるが、単純にアウトドアギアが好きなのだ。ミニマムで、スタンドアロンで、どこでも完結する感じがいい。
ただ、その道具たちはほとんど出番がない。キャンプに行くわけでもないのに、なぜか揃っている。
中でもOD缶の500g缶が好きだ。寒冷地でも火力が安定するという、いわゆるアウトドア用のガス。そんな高性能な燃料を自宅で使う。少し贅沢な気持ちにもなる。
とはいえ、やることは湯を沸かし、簡単な料理をする程度だ。

毎日お茶を沸かし、簡単な食事を作っても、缶はなかなか減らない。一本800円台。二週間は余裕で持ちそう。そう考えると、決して高いとも言えない。
もちろん、無意識に節約している。火を小さくする。無駄に煮込まない。目を離さない。効率の良いクッカーを選ぶ。
それが、妙に楽しい。
都市ガスやプロパンは、ひねれば出る。止めなければ出続ける。 だからこそ、「有限」という感覚を持ちにくい。
しかしOD缶は、手に持てば重さで残量がわかる。 減っていくことが、物理的に実感できる。
有限だと、人は丁寧になる。 というより、慎重にならざるを得ないのかも。
火を絞る。 無駄を減らす。 必要な分だけ使う。
電気や水道、日用品も同じだろう。山のようにストックがあれば雑になる。最小限なら、自然と扱いが丁寧になる。
キッチンだけでも限られた火で暮らしてみると、資源への感覚が少しだけリセットされる。
私たちが日々使っている燃料は、海を渡ってやってくる圧縮エネルギーだ。それを家の中で自由に使えること自体、本来はかなり贅沢なはずだ。
別に節約の話をしたいわけではない。
あくまで「面白い実験」だ。
不便さは、感覚を研ぎ澄ます。 日常が、少しだけサバイブになる。
ただし、ここで強く言っておきたい。
室内でキャンプ用の火器を使用することは、非常に危険である。
私は短時間の使用に限定し、目を離さず、安定した場所でのみ使用している。それでもリスクはゼロではない。
ガス管や可燃物をコンロの上に置くなど論外だ。地震で倒れれば即火災につながる。
この記事は推奨でも指南でもない。 安易に真似をしてほしくない。 万が一の責任も負えない。
火は便利だが、制御を誤れば一瞬で火災になる。
ガスボンベが熱くなるほどの大きな鍋は使わない。 長時間使用しない。 目を離さない。 これらは絶対だ。
話は戻るが、都市ガスを否定するつもりはない。インフラは社会の基盤であり、恩恵そのものだ。
ただ、ときどき「無限だと思い込んでいる感覚」を手放してみる。
最小限で回してみる。
見え方が少し変わる。
……とはいえ。
今のところ、これらの実験はキッチンに閉じている。
風呂だけは、しっかりプロパンの湯船に浸かっている。 そこまでサバイブする度胸が、今のところない。
