身延山と下部温泉の小さな旅

身延山と下部温泉の小さな旅

父の大病の術後から、日常生活ができるくらいまで回復した父と母と、私の3人で身延山と下部温泉へ行った記録です。今回は長距離を歩き回る旅ではなく、身延山久遠寺、ロープウェイ、下部ホテルの料理をゆっくり味わう家族旅行になりました。 旅の中心は身延山でしたが、帰ってから写経を始めたり、迷っていた印伝の財布を買ったりと、日常に少し残るものもありました。観光案内というより、家族旅行の空気と、そこから派生した興味を残す記事です。 父の大病の術後から、日常生活ができるくらいまで回復した父と母と、私の3人で旅行へ行った。 近場でどこか行きたいところはあるか父に尋ねると、「身延山はどうだろう」という話になった。 身延山は、日蓮宗の総本山・身延山久遠寺があるところだ。 三島から東海道線で富士まで行き、そこから身延線の特急へ乗り換えて、山梨県の身延駅に到着する。途中の電車内では、雄大な富士山と富士宮市街の街並みを見渡せる景色が広がっていて、まさに壮大だった。 父はあまり長い距離を歩けないので、身延駅からはタクシーで久遠寺まで向かった。 久遠寺は日蓮宗の総本山だけあって、敷地も広く、建築物もどれも立派だ。 お寺や歴史、世俗のことに関して詳しくない私に対して、父はそういうことが大好きで、とても詳しい。こちらが聞いても聞かなくてもベラベラ喋ってくれる。 日蓮聖人は鎌倉時代の僧侶で、『立正安国論』という書を通して当時の政治や宗教を批判したことで迫害を受けながらも、「法華経こそが最も大切な教えだ」と強く説いていったらしい。 ざっくりいうと、日蓮聖人の教えでは、法華経をいちばん大切な経典だと捉え、その題目である「南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)」を唱えることで、だれでも成仏できると説いている、らしい。 だからこそ、一般の人にも仏教が広く広まったのだろう。厳しい修行をして自分さえ救われればいい、という感じがあまりないところに、「なるほど、大乗仏教も悪くないな」と思った。 家の祖母も生前、仏壇の前で「南無妙法蓮華経」と唱えていたことを思い出す。 ちなみに、創価学会も日蓮の法華経信仰に源流を持つ宗教の一つ。 身延山は植林された杉が多く、残念ながらこの季節にもかかわらず紅葉を楽しめるほどではなかった。 身延山頂へはロープウェイで登頂。山頂で蕎麦を食べて、何をするわけでもなく、そそくさとロープウェイで下山した。 一人旅であれば、ロープウェイを使わず歩いて登っていたかもしれない。 いや、ここら辺の山は勾配が急すぎて、登山初心者にはちょっと大変かもな、という感じもする。 菩提寺は日蓮宗のほかに、禅宗のお寺にもお世話になっている。 スティーブ・ジョブスも禅宗のお寺に通っていたことは有名だ。 私も瞑想は好きだし、ミニマルな考え方を好む。IT系で情報過多なこの時代、「マインドフルネス」という言葉が流行るくらいだし、仏教的な生活スタイルが見直されて重宝されるのも、なんとなくわかる気がする。 この旅がきっかけで、写経をやってみたくなり、帰宅後さっそく筆ペンと写経用のシートを購入した。 幼い頃に習い事で書道をやっていたので、止め・はね・払いなどの基本的なことは一応わかっているつもりだ。 とはいえ、タイピング生活に慣れきっていて筆記作業が激減しているのに加え、慣れない筆ペンと小さな文字サイズのコンボで、一文字書くのにとてつもなく集中力が必要になる。 楽しいのだけれど、書き順も曖昧だったりして、「もっと上手く書きたい」という欲も出てくる。 しかし、仏教的には欲はいけないんだよな? などと考えながら、日常の息抜きとして写経を続けてみようと思うのである。 話は戻って、宿泊先は身延駅から一駅離れた下部温泉にある「下部ホテル」だった。 大きなホテルで、ちょうど三連休の祝日ということもあり、大勢の宿泊客で賑わっていた。 着物姿のスタッフも丁寧な接客で、全体的に好印象。 そして、このホテルの何が素晴らしかったって、夕食の懐石料理である。 いつも宿泊先での料理を半分くらいしか食べない父が、今回は残さず全部食べていた。私が食べてもかなり満腹だったのに、信じられない。 それくらい美味しかった。塩味や甘味は最小限で、素材の良さを引き立たせてくれる。どれをとっても「美味しい」の一言。佃煮ひとつとってもきちんと美味しい。 料理長のセンスなんでしょうなぁ。自分一人の旅だったら、正直どんな料理でもいいのだけれど、家族旅行だと話は別だ。良いタイミングで良い宿に泊まれたことに感謝したい。 結局、旅館の料理が美味しいことが、一番わかりやすくその旅行を「良い思い出」にしてくれる。 熊の個体数が増えていると言われるのと同時に、鹿も増えているそうだ。高山植物を食べてしまったりして、山の生態系も変わってきているらしい。 少し前までは鹿の皮や骨、肉などにそれなりの需要があって活用されてきたが、現代ではそれも少なくなり、その分、鹿が増えてしまったのだとか。 「鹿をもっと活用すればいいのに」と思う。 鹿肉はわりと食べやすい印象だったから、もしスーパーに普通に並んでいれば、たまに買って食べると思う。 お土産で買おうか迷っていた印伝の財布。あれも鹿の皮で作られている。 印伝とは「インド伝来」が語源で、インドから伝わった技法だと言われているらしい。 結局やっぱり欲しくなって、ネットで印伝の財布を購入した。鹿の削減に貢献したい、という意図はなかったのだが、結果的にそういう意味も少し含んだ買い物になったのかもしれない。 軽くてゴワゴワしておらず、手に馴染む柔らかさがあって、とても良い。 そして今、その財布の横には、写経を始めたばかりの自分の辿々しい字が並んでいる。 関連記事 高尾山周辺を歩いた記録 小田原に引っ越して水道凍結した記録 関連アイテム 写経 セット 印伝 財布

公開: 2025年11月29日 · 更新: 2026年5月6日 · Toshihiko Arai