ダブステップでよく聞く、低音が「ウォブウォブ」「ワウワウ」とうねるベース。英語では wobble bass や wub bass と呼ばれる音です。はじめて聴くと、何か特殊な音源や複雑なアルゴリズムが入っていそうに聞こえますが、核になっている考え方はかなり素直です。

倍音の多いベース音を作り、それをフィルターへ通し、フィルターのカットオフ周波数を LFO で周期的に動かす。さらに歪みで倍音を増やし、低域の芯はサブベースとして別に支える。これだけで、あの「うにょうにょ」した動きの大部分が説明できます。

この意味で、ウォブルベースはサウンドプログラミングの集大成にちょうどいい題材です。音を数として作る ところから始まり、倍音 で素材を作り、フィルター で明るさを削り、ADSR のような時間変化を別のパラメータへ掛ける。FM合成 で荒い倍音を足すこともできます。単発の仕組みではなく、いくつもの小さな部品を音楽的な目的へ組み上げる例です。

ウォブルベースを曲で聴く

ウォブルベースは、曲のクレジットに「wobble bass使用」と書かれるタイプの音色ではありません。なのでここでは、ダブステップやブロステップの文脈で、唸る中域ベースやワウワウ動くベースが代表的に語られやすい曲を並べます。低域そのものより、倍音の多い中域がどう動いているかに耳を向けると、このあとの仕組みとつながりやすいです。

Doctor P『Sweet Shop / Gargoyle』のシングルジャケット

Doctor P / Sweet Shop / Gargoyle

Sweet Shop

この記事のデモにいちばん近い、直球の「ワブワブ」感を聴き取りやすい曲です。音程の低さよりも、歪んだ中域ベースがリズムに合わせて口を開け閉めするように動くところへ耳を向けると分かりやすいです。

Caspa & Rusko『FABRICLIVE.37』のアルバムジャケット

Caspa & Rusko / FABRICLIVE.37

Cockney Thug

2000年代後半の、荒くて前に出るダブステップの聴きやすい入口です。ベースが「低音の支え」ではなく、リズムと音色変化で主役になる感覚が分かりやすいです。

Skrillex『Scary Monsters and Nice Sprites』のEPジャケット

Skrillex / EP

Scary Monsters and Nice Sprites

いわゆるブロステップ的な、喋るような中域ベースの代表例として分かりやすい曲です。低音の芯より、歪んだ倍音とフィルターの動きが前面に出る方向を聴けます。

Flux Pavilion『Lines in Wax』のEPジャケット

Flux Pavilion / Lines in Wax

I Can't Stop

伸びるシンセリードと、太い中域ベースが交互に前へ出てくる曲です。ウォブルの刻みだけでなく、歪ませた倍音が小さなスピーカーでも低音感を作る例として聴けます。

ジャケット画像はMusicBrainz / Cover Art Archive由来の画像を記事内に同梱して配信しています。

ウォブは音量ではなく音色が揺れている

まず押さえたいのは、ウォブルベースの「うねり」は、単なる音量の上下ではないという点です。もちろん音量を周期的に上げ下げしても「ブワブワ」とは聞こえます。しかし、それはトレモロに近い効果です。ダブステップらしいウォブ感は、音の大きさよりも、音色の明るさや母音っぽさが動くところから来ます。

ノコギリ波や矩形波のような倍音の多い音をローパスフィルターへ通すと、カットオフを低くしたときはこもり、高くしたときは明るくなります。このカットオフをゆっくり上下させると、

$$ f_c(t) = f_\mathrm{base} + d \cdot \mathrm{LFO}(t) $$

という形で、明るさそのものが周期的に動きます。$f_c(t)$ がその瞬間のカットオフ周波数、$f_\mathrm{base}$ が中心、$d$ が揺れ幅です。LFO は Low Frequency Oscillator の略で、音として聞くためではなく、別のつまみを揺らすための低い周波数の発振器です。

カットオフが開くと倍音が一気に出て、閉じると丸くなる。この「倍音の出入り」が耳には「ワウ」「ウォブ」として聞こえます。ギターのワウペダルとかなり近い発想です。足でペダルを踏む代わりに、プログラムで LFO がペダルを往復している、と考えるとわかりやすいでしょう。

素材は倍音の多い波形にする

フィルターで音色を大きく動かすには、そもそも削る対象が必要です。サイン波はほぼ基音だけの音なので、ローパスを動かしても劇的には変わりません。ウォブルベースの素材には、ノコギリ波、矩形波、パルス波、FMで歪ませた音、複数のオシレータを重ねた音など、倍音の多い波形が向いています。

ただし、低音のいちばん下まで派手に動かすと、曲の土台が不安定になります。そこで実際の音作りでは、低域の芯になるサブベースと、動かして聞かせる中域ベースを分けることがよくあります。

  • サブベース: サイン波に近い音で、音程と低域の芯を安定させる
  • 中域ベース: ノコギリ波やFMなど倍音の多い音を作り、フィルターや歪みで派手に動かす

耳はスマホや小型スピーカーでは本当の重低音をあまり聞けません。それでも「低音がいる」と感じるのは、中域にある倍音を手がかりにしているからです。ウォブルベースでは、この中域の倍音を動かすことで、低域そのものを揺らしすぎずに迫力を出します。

LFOは曲のテンポに合わせる

ウォブルベースがリズム楽器のように聞こえるのは、LFO の周期が曲の拍に同期しているからです。BPM が 140 の曲なら、4分音符1拍の長さは

$$ \frac{60}{140} \simeq 0.429\ \mathrm{sec} $$

です。1拍に1回ウォブさせるなら LFO は約 2.33Hz、8分音符なら約 4.67Hz、16分音符なら約 9.33Hz になります。

式で書くと、

$$ f_\mathrm{LFO} = \frac{\mathrm{BPM}}{60} \times m $$

です。$m$ は4分音符なら1、8分音符なら2、16分音符なら4です。三連っぽくしたければ3を使う、と考えれば十分です。

LFO の波形でも印象が変わります。サイン波はなめらか、三角波は機械的に上下、矩形波は開く・閉じるがはっきり切り替わります。ダブステップらしい切れ味を出すなら、三角波や矩形波、あるいは階段状のLFOもよく合います。ここは音作りのつまみです。

歪みは「荒くする」だけではない

ウォブルベースでは歪みも重要です。歪みというと音を壊す処理に思えますが、サウンドプログラミング的には非線形処理で倍音を増やす道具です。たとえば波形に tanh のような曲線を通すと、大きい振幅が丸め込まれ、元の波形にはなかった倍音が増えます。

/* 歪みの最小イメージ */
double drive = 3.0;
double y = tanh(drive * x);

倍音が増えると、フィルターを動かしたときに明るさの変化が大きくなります。つまり歪みは、ウォブの動きを耳に見えやすくするための下ごしらえでもあります。歪ませてからフィルターで削るか、フィルターで動かしてから歪ませるかでも音は変わります。前者は荒い素材を整える方向、後者はフィルターの動きをさらに強調する方向です。

触ってみる

ウォブルベースの最小構成をブラウザで触れるデモにしました。鳴らすボタンを押して、LFO速度、カットオフ、揺れ幅、レゾナンス、歪み量を動かしてみてください。プリセットを切り替えると、同じ考え方から「ゆっくりうねる」「細かく刻む」「喋るように動く」「FMで荒くする」方向へ変わります。

うまく表示されないときは、デモを別タブで開く

デモでは、低域の芯になるサブベースは別のサイン波として足し、フィルターで動くのは主に中域ベースです。スペクトラムを見ると、LFOでカットオフが開く瞬間に高い倍音が出て、閉じる瞬間に引っ込むのがわかります。音量メーターが大きく変わっていなくても、音色だけで「ウォブ」と聞こえるはずです。

「喋るベース」プリセットでは、1本のローパスではなく、2本のバンドパスフィルターを動かしています。人の母音は、口の中で強調される帯域の位置で決まります。これと同じように、2つの山をずらしながら動かすと、「ワ」「ヨイ」に近い声っぽさが出ます。本物の声を合成しているわけではありませんが、ウォブルベースがしばしば喋っているように聞こえる理由は、このフィルターの山の動きでかなり説明できます。

プログラムではこう組む

最小構成を擬似コードにすると、処理の流れはかなり短く書けます。

/* ウォブルベースの最小構成(C風の擬似コード) */
for (n = 0; n < length; n++) {
    double src = saw(&phase, 55.0, fs);                 /* 倍音の多い中域ベース */
    double sub = 0.4 * sin(2.0 * M_PI * 55.0 * t);      /* 安定したサブベース */

    double lfo = 0.5 + 0.5 * sin(2.0 * M_PI * lfoHz * t);
    double cutoff = baseCutoff + depth * lfo;

    double moved = lowpass(src, cutoff, resonance);
    double dirty = tanh(drive * moved);                 /* 倍音を足して前に出す */

    output[n] = sub + dirty;
}

実際には、急に cutoff を動かすとクリックやジッパーノイズが出るので、パラメータも少しなめらかに補間します。Web Audio API なら AudioParam に LFO の信号を直接つなげます。たとえば、オシレータで作った低周波の波を、フィルターの frequency パラメータへ流し込むだけです。

const source = audioCtx.createOscillator();
source.type = 'sawtooth';
source.frequency.value = 55;

const filter = audioCtx.createBiquadFilter();
filter.type = 'lowpass';
filter.frequency.value = 700;
filter.Q.value = 12;

const lfo = audioCtx.createOscillator();
lfo.type = 'triangle';
lfo.frequency.value = 4.67;       // BPM 140 の8分音符相当

const lfoDepth = audioCtx.createGain();
lfoDepth.gain.value = 550;        // cutoff を何Hzぶん揺らすか

lfo.connect(lfoDepth);
lfoDepth.connect(filter.frequency);
source.connect(filter);

この配線で、フィルターのカットオフは 700Hz ± 550Hz の範囲を三角波で上下します。つまり、音源は鳴りっぱなしでも、フィルターの窓が開いたり閉じたりするので、耳にはリズムが生まれます。

つまみごとの効き方

ウォブルベースは部品が少ないぶん、つまみの意味がかなりはっきりしています。

  • LFO速度: リズムそのもの。1/4なら大きく揺れ、1/16なら細かく刻む
  • カットオフ中心: 音の平均的な明るさ。低いとこもり、高いと常に明るい
  • 揺れ幅: ウォブの大きさ。大きいほど開閉がはっきりする
  • レゾナンス: カットオフ付近の山。上げると「ワウ」感が強くなる
  • 歪み: 倍音の密度。上げると前に出るが、上げすぎると潰れる
  • サブベース: 低域の芯。上げると太くなるが、小型スピーカーでは見えにくい

音作りで迷ったら、まずはノコギリ波、ローパス、BPM同期の三角LFO、少し強めのレゾナンスから始めるのがわかりやすいです。そこから歪みを足し、LFO速度を拍ごとに切り替えるだけでも、それらしいフレーズになります。もっと声っぽくしたければ、ローパス1本ではなくバンドパスを2本並べ、2つの山を違う向きに動かします。

実際の制作では何を使うのか

ここまでのデモは、仕組みを見せるためにブラウザ上で自前実装しています。ただ、実際にダブステップやベースミュージックを作っている人たちが、毎回 JavaScript や C でオシレータとフィルターを書いているわけではありません。多くの場合は、DAW(音楽制作ソフト)の中でソフトシンセを立ち上げ、そこにMIDIキーボードやパッド型コントローラーをつないで演奏・打ち込みします。

つまり、DX7のような「これ一台が有名な鍵盤」というより、パソコン上のシンセが楽器本体で、鍵盤はそれを弾くための入力装置です。ウォブルベースの文脈でよく名前が出るのは、次のような道具です。

  • Native Instruments Massive / Massive X : 初期〜2010年代のダブステップ/EDMのベース音色で象徴的に語られるウェーブテーブル系ソフトシンセです。LFOやステッパーでフィルターや波形位置を動かしやすく、この記事のデモにかなり近い発想で音を作れます。
  • Xfer Serum : より近年のEDMやベースミュージックで定番扱いされるソフトシンセです。波形の変化やモジュレーションが見えやすく、音作りの勉強にも向いています。販売は公式サイトや配信サービス中心なので、Amazon検索では関連書籍やプリセットが出ることもあります。
  • Ableton Live : DAW側の定番です。MIDIを並べ、ソフトシンセを鳴らし、フィルター・歪み・コンプを重ね、オートメーションでLFO速度やカットオフを動かす場所になります。Logic Pro、FL Studio、Cubase、Bitwig などでも同じ考え方で作れます。
  • MIDIキーボード / MIDIコントローラー : 音源そのものではなく、DAWやソフトシンセを弾くためのリモコンです。ノブが付いたモデルなら、カットオフやLFO深さを手で動かして「ウォブ」を演奏できます。

買う順番としては、まずDAW、次にソフトシンセ、必要ならMIDIキーボードで十分です。最初から高価な専用ハードシンセを探すより、MassiveやSerumのようなソフトシンセで「倍音の多い波形、フィルター、LFO、歪み」を触ったほうが、ウォブルベースの仕組みはつかみやすいと思います。

参考文献

ウォブルベースの正体は、難しい魔法ではなく、動くフィルターです。倍音の多い音を用意し、フィルターを開け閉めし、必要なら歪ませる。そこまで分解できると、あの「うにょうにょ」は自分で設計できる音になります。